スタイルチェンジ #4

 

「んー……」


   風太郎が目を覚ますと、視界に映るのは雲ひとつない青空。そして、膝枕をしてくれた少女の胸。一瞬その存在感に驚くが、さすがに風太郎も少しの慣れを感じていた。先ほどのように取り乱したりはしない。一花も目覚めた風太郎に気づいたようで、声をかけてきた。


「おっはー。熟睡してましたなぁ」

「すまん、完全に寝ちまってたぜ。今何時だ?」

「今は午後1時をちょっと過ぎたくらいだよ。だいたい1時間くらい寝てたかな?」

「そうか……悪いな。膝、疲れただろ。すぐ起きるわ」

「はーい。少しは休めた?」

「そうだな、よく眠れたよ。ありがとな」

「全然お礼を言われるようなことじゃないよ。私の方こそ、フータロー君が素直に私に甘えてくれて嬉しかったんだから!」


   今日はもう何度も見たはずの少女の笑顔。笑顔のバリエーションに事欠かない中野一花という少女ではあるが、今の笑顔は優しさを感じるもので心を乱されることのない、純粋で見ていて気持ちのいいものだ。


(本当に楽しそうだな、一花)


   それを受けて風太郎も自然と笑みがこぼれ、暖かい気持ちになる。振り回されてばかりではあるが、この笑顔を見れたならそれもまたいいかと風太郎は思う。

   勉強のことしか考えていなかった自分がこんな時間を居心地の良いものだと思っていることが、風太郎には驚きである。教科書を読破し、理解した程度で満足していた、かつての風太郎では知ることのなかったであろう未知の世界。日常に彩りを与えてくれたのは一花だけではなく、二乃、三玖、四葉、そして五月。誰一人欠けてはいけない、中野家の五つ子全員だ。生徒でもあり友達でもある彼女たちに、風太郎もまた支えられている。


   だが、徐々にこの関係に変化が訪れていることは風太郎も気がついている。告白してきた二乃はもちろんのこと、今日は一花からも熱烈なアタックを受けている。三玖はよくわからない。応援すると言っていたが、本当なのだろうか。

   とにかく、少なくとも二人以上の生徒が、自分に好意を寄せてきているということ。この事実から逃げるわけにはいかない。いずれ、決着をつける必要がある。誰か一人を選ぶのか、もしくは誰も選ばないのか。今はまだ結論が出ないが、彼女たち一人一人の気持ちと向き合い、決断を下さねばならない。そんな決心を風太郎が密かに固めていると、ベンチから立ち上がった一花が風太郎の方を向き、先ほどと同じ純粋な笑みを浮かべながら話しかけてきた。


「フータロー君、今日は一日ありがとう。私のわがままに付き合ってもらってばっかりで、大変だったよね」

「お前に任せるって言ったのは俺だ。今日だけの特別だし多少はな。友達として、一緒にサボるのは今回限りだ」

「もちろんだよ。だけど、もうひとつ。聞いてほしいわがままがあるの」

「聞くだけならタダだ。勿体ぶらずとっとと言え」

「……うん」


   話しているうちに一花の表情から笑顔は消え、真剣なものに変わる。そのまま表情を変えることなく、風太郎に手を差し伸べてきた。

 

 


「フータロー君……お願いです。今日ここで、私と一緒に……踊って、くれませんか?」

 

 


   踊る、という言葉を聞いて、上杉風太郎が思い浮かぶのは災難続きだった秋の記憶である。

   散々な目にあった林間学校。楽しい思い出ももちろんあったのだが、それ以上にトラブル続きで落ち着かない出来事が多すぎたと風太郎は記憶している。

   その中でも特に印象に残っているのは一花と二人して倉庫に閉じ込められた時のことだ。ベタなラブコメじゃあるまいし、あんな出来事はなかなか起こらないだろう、というのもあるのだが、忘れられない理由はそれだけではない。


   真面目ではなくてもしっかりと長女をしていて周りをよく見ている、頼りになる一花。

   そんな彼女の、涙を見てしまったからだ。


   あの時は一花が泣いた理由など考えてもわからなかった。デリカシーがないとは言われるが、風太郎自身は一花は自分と踊ることに抵抗を感じていると思っていたのである。人気者の一花と、学校では変人扱いの風太郎。そんな正反対の二人が一緒に踊っている場面を見られたら、周りから怪訝な視線を向けられることは間違いない。お互いに都合の悪い噂がたつ可能性もある。ゆえに、一花も本心では踊りたくないと考えているのだと信じて疑わなかった。

 

 


   でも、今ならそれは間違いだとわかる。

   あの時、一花が流した涙の理由は───

 

 


(───あぁ、そうか)


   目の前の少女はかつて花火を一緒に見られない、と宣言した時と同様の真剣な表情だ。しかし、あの時と同じようにどこか震えているようにも見える。風太郎のスタンスをよく理解しているがゆえに、断られることに怯えているのだろうか。

   そして、風太郎は気づく。一花は心の底ではずっと、信頼できる誰かに寄り添いたかったのだと。


(きっと、お前は───どんな時でも、長女だからって強がって、我慢して。誰にも頼らないで、一人で戦ってきたんだな)


   思えば新居に住み始めた時もそうだった。三年生に進級して家賃を五等分するまでは、すべて一花が一人で生活費を稼いでいたのだ。不平不満何一つこぼさずに、妹たちに心配させないように、私生活に影響が出るレベルで働いていた。強い絆で結ばれている妹たちには当然見抜かれていたが、そんな一花だからこそ妹たちからの信頼も厚いのだろう。

   性別は違えど、一花と自分の妹に対する想いは互いに相違ないと風太郎は思う。愛しい妹には心配はかけたくないという気持ちは風太郎も持っているものである。だが、一花の場合は五つ子だ。風太郎が想像もつかないくらいの、一花には多くの苦悩や葛藤があったのだろう。あの時の涙がそれを象徴している。姉として常に妹たちを気遣う日々を過ごす中で、一花は自分の本心を隠すことが当たり前になっていたのかもしれない。

   それでも弱音を吐かずに、五つ子の長女であり続けた一花。そんな一花の姉としての立派な姿に、風太郎は心の中で敬意を表する。


(お疲れ、一花。今まで本当に、よく頑張ったな)


   答えは決まった。結局この場所でも最初から最後まで心をこの少女に乱されてばかりではあるが、そんなことは関係ない。今日一日は、彼女専属の家庭教師であり、友達なのだ。そんな強い優しい一花に好意を寄せられていることを、悪く思うわけがない。

   少年は、手を差し伸べている少女の手を取り、優しい声色で言葉を発する。


「いいぞ、一花。踊ろうぜ。だから、もうちょっと肩の力抜けよ」

「えっ、私……で、でも、ホント!?  踊って、くれるの!?」

「ああ、付き合ってやるよ。だけど誰か来たら即中断だからな」

「いいのいいの!  嬉しいな……ありがとう!」

「ったく……お前、そんなにあの時踊りたかったのかよ。ていうか俺、踊り方なんて知らんぞ」

「大丈夫だよ!  なんとなーく、それっぽくでいいの!  こういうのは雰囲気が大事なんだよっ」


   不安もあった反動か、この日一番の笑顔を見せる一花。どうか、せめて自分といる時だけでもその笑顔が曇らないでいてほしいと風太郎は思う。二人は芝生が広がる公園の中央まで移動し、向かい合う。

   一花のスマートフォンからスローテンポな洋楽が流れ出し、彼女のリードに合わせて風太郎もゆっくりと動き出す。フォークダンスとはいえど人生で初めてということもあって風太郎の動きはぎこちなく、素人感丸出しのものである。不慣れさを感じさせない一花の動きに、お遊戯とはいえどさすがの風太郎も男として恥ずかしさを感じる。本当に、周りに誰もいないのは幸運だ。


「お前、全然動けるじゃねーか……」

「えへへ、ありがとっ。いつかリベンジしたいなって思ってて、密かに練習してたんだよ。役作りにもなるかもだしね」

「……そうかよ」


   ぶっきらぼうに返すも、風太郎は一花が如何にこの時間を夢見ていたかを思い知る。二乃のことも放置してはおけなかったとはいえ、林間学校の時は本当に軽率な判断をしてしまったと今更ながらに思う。勝手に一人で結論を出さずに、一花としっかり話し合うべきだった。事情を話せば、中野一花という少女は親身になって聞いてくれるのだから。


(それでも、きっと、一花は……)


   だが、それで一花が納得する結論が出るかと言われると疑問が残る。風太郎が思うに、仮に自分の事象を話したとしても、一花は間違いなく姉として妹を優先し、二乃のところに行ってあげてと言っていたであろう。並の人間には見抜けない、偽物の笑顔を浮かべながら。

   今まで姉であろうとして自分の想いや弱さを隠し、妹を優先してきた一花。姉という肩書きは、きっと一花を縛り続けていたのだ。もしも風太郎が、一花と出会わなければ。花火大会のあの時、彼女の作り笑いに気づかなければ。ずっと一花は姉としての自分に縛られて、本心を隠し続ける日々から抜け出すことができないままだったのかもしれない。

   そんな誰の前でも強がって弱みを見せようとしない一花ではあるが、風太郎になら全てをさらけ出せると語っていた。姉としての自分ではなく、ひとりの女の子として。風太郎は今日だけでこれでもかというほどにぶつけられた、一花の真剣な気持ちを思い返す。

 

 

 


『ありがとっ、フータロー君!』

 

 

 


『この世でただ一人、君だけなんだよ』

 

 

 


『私にとって君はただの友達なんかじゃない。心からの信頼を寄せられる、とても大切な存在なの』

 

 

 


(あ─────)


   そうか。そういうことなのか。

   少年はようやく理解した。彼女が、こんな勉強しか能のない自分を好いていてくれる理由。

 

 

 


   中野一花にとって、上杉風太郎とは。初めて姉としてではないありのままの姿を見せることができる、たったひとりの対等な存在なのだ。


   そしてまたひとつ、確信できた。胸が高鳴るのを感じる。ずっと、こうありたいと思って、そのために家族以外の人間関係をすべて断ち切ってまで目指していた、理想の自分。

 

 

 


   お前はずっと、俺を必要としてくれていたんだな───

 

 

 


   あなたが必要。少年に戦うきっかけをくれたその言葉を、一花は口にしたわけではない。しかし、風太郎の気持ちは昂ぶっている。憧れていた少女と五月から直接言葉で伝えられた、あの時以上に。この違いはなんなのだろうか。


 ───考えるまでもない。これが、家族旅行の時にはやたらと耳にするもわからなかったものである。

   それは、溢れんばかりの一花からの愛だ。この世で上杉風太郎というただひとりの男にのみ向けられる、真剣な気持ち。かつては学業から最もかけ離れた愚かな行為と馬鹿にしていたものを、もう否定などはしない。教師として、友達として。そして、男として。彼女の想いに応えたい。

   鈍感な風太郎でも今ならわかる。姉としての面倒見の良さなど関係なしに、一花はずっと前から、自分を気にかけてくれていたのだと。他でもない風太郎を、ずっと必要としていたから。

   彼女の愛に触れて、風太郎自身の気持ちもはっきりした。出会ってそう経っていないにもかかわらず一花の笑顔は見分けられたのも、きっと、なんとなくではない。姉としての一花の姿を見る前から。

 

 

 


   俺も、お前を、心のどこかで───

 

 

 


「…………」


   いてもたってもいられない。風太郎は一花に合わせて動かしていた足を止め、繋いでいた手を離す。少年にはどうしても今、少女に伝えたい気持ちがあった。


「……フータロー君?  疲れちゃった?  なら、そろそろやめ───ふえっ!?」


   風太郎の行動に驚くも、気遣いを向ける一花。そんな思いやり溢れる一花に風太郎は手を伸ばし、彼女の頭を優しく撫でた。


「どっ、どうしたの……?」

「……嫌だったか?」

「えっ、そんな、嬉しい、けど……」


   狼狽えている一花が微笑ましい。一花が自分の想いを伝える度に笑顔を見せていた理由を、風太郎は理解することができた。

   とても心が暖かい。間違いない。これが───


「急に止めて悪かったな。仕切り直そうぜ」

「うっ、うん……」


   今度は風太郎の方から手を差し出す。一花には予想外だったようで、頬を赤く染めながら風太郎の手を取った。

   一曲目とは別の洋楽をかけ直し、再び二人は踊り出す。一花はどこか緊張した顔持ちで、風太郎は安らかな気持ちのまましばらく踊っていたが、突然変化が訪れた。ステップを踏み外した一花が、よろけそうになったのだ。


「きゃっ……!」

「おっと」


   至近距離だったため、とっさに腰に手を回して一花を支えることに成功する。偶然にも、これはダンスの締めにはふさわしいのではないだろうか。風太郎自身体力もなくなってきたところであり、これは好都合だ。


「おいおい、大丈夫かよ?  ったく、お前は」


   ふと、風太郎は今の自分たちの状態は、林間学校の時の倉庫で丸太が倒れてきた際に、一花を支えた時と似たシチュエーションであることに気づく。先程頭を撫でた時の一花の反応を見てから、胸の奥で悪戯心が芽生えている風太郎。ならば当然、この後に続く言葉は一つだ。


「相変わらず、ド───えっ?」


   しかし、風太郎はお決まりの煽り文句を最後まで言うことはできなかった。なぜか自分の身体が目の前の一花とともに、芝生へ倒れこもうとしているのだ。すでに一花を支える力は緩めていたが、それでも支えきれないなんてことはないと───原因が判明した。

   いつのまにか、一花の手は風太郎の首の後ろに回されている。一花はそのまま体重をかけてきたのだろう。滑り台の時のように先手を取られたかと焦る風太郎は、彼女の上気した赤い顔にはまだ気がつかない。


   そうして少年と少女は、ゆっくりと芝生に倒れこむ。


   そしてそのまま、少年は何も考えられなくなった。頭が真っ白になる。いきなり倒されたことによる抗議の言葉も浮かばない。浮かんでいたとしても、口にすることもできない。

 

 

 


   風太郎の唇に、一花の柔らかな唇が重なっているためだ。

 

 

 


   少女のいきなりのその行為に、少年は目を見開いたままだ。目をつぶりながらも、風太郎の唇を堪能している一花の姿が視界に映る。

   二度目とはいえど風太郎はこの感触はまだ慣れていない。身体がふわふわ宙に浮いているような、現実味のない不思議な気分だ。しかし、一花の唇の感触はしっかりと風太郎に伝わっている。

 

 

 


   どれくらい時間が経ったのかわからない。まだ、ふわふわしている。柔らかい。気持ちいい。ずっと、このとろけるような甘い感覚に浸っていたい。以前の旅行でのキス以上に愛を感じる今回のキスに、らしくもなく風太郎はそんなことを考えていた。

   だが、そんな優しい時間も永遠ではない。長いキスに息苦しさを感じて、ようやく風太郎は現実に引き戻される。それは目の前の一花も同じのようで、二人の呼吸は息ぴったりと言わんばかりのタイミングで唇が離れた。そして───

 

 

 


「フータローくん……すき。だいすき。あいしてるの」

 

 

 


   少年が余韻に浸る暇はない。頬を赤く染め、藍色の瞳を潤ませて、少女はゆっくりと告げる。


「あなたと、であえて、よかった。あなたをすきになって、ほんとうによかった」


   さらに続けて一花の口から紡がれる愛のこもった言葉。それはかつて一花の演技の練習に付き合ったあの時間を思い返させるセリフだった。

   瞳も、髪も、唇も。何もかもが愛おしく思える。少年は少女の全てから目が離せなくなり、魅了されるがままであった。


「ねぇ、フータローくん。わたし、フータローくんのいえ、いきたい……」


   言葉の内容は理解できたが、未だに頭は覚醒していない。長時間のキスで酸素を奪われたせいか、それとも胸のドキドキが収まらないせいか。おそらくどちらもなのだろう。少年は言葉を発することができず、ただただ少女を見つめることしかできなかった。


   しかし、少年の答えはすでに決まっていた。言葉で示せないなら、行動で示せばいい。

   今度は少年から少女に唇を重ねることで、少女のおねだりに応えた。

 

 

 

 

   少年の行動に少女が驚いたのは一瞬だけであった。嬉しい。大好き。幸せ。様々な好感情が胸の中から湧き上がる。その少女の心情たるや、舌を絡ませてしまおうか悩んだほどだ。

   今度は絶対に自分からは唇を離さない。この時間を、いつまでも忘れないために。少しでも長く、大好きな彼とつながっていたい。


   苦しくなったのか、風太郎の唇が離れる。柔らかくも暖かい感触が薄れていくことに寂しさを覚えるも、一花の心は満たされていた。

   本当に、勇気を振り絞ってよかった。今日一日のこの思い出だけで、少女は一生生きていけそうな気さえしていた。両想いなのを確信できる、風太郎からのキス。もう誰の手にも渡したくない。

   だが、そうはいかない。キスの余韻に浸りつつも、一花はこれからやらなければならないことを考えていた。

   確かに少女は少年への真剣な想いを伝えて、少年はそれに答えてくれた。しかし、まだこれだけでは二人のハッピーエンドを迎えることはできない。

 

 

 


   忘れてはいけない。自分が、嘘をついているということを。

   告げなくてはいけない。今の自分は、上杉風太郎が好きになってくれた中野一花とは大きくかけ離れているということを。

 

 

 


   風太郎と恋人関係になる上で打ち明けなくてはならない隠し事は多く、その過程で彼に嫌われてしまうのではないかという一花の不安は大きい。しかし、すべて自分で蒔いたものだ。責任を持って、嘘偽りなく全てを打ち明ける必要がある。変化球でかわすことは許されない。

   少女のキスの相手はすでに余韻から冷めたようで、立ち上がり手を差し伸べてきた。一花は風太郎の手を取り微笑み返すも、一つの決意を胸に秘める。

 

 

 


   ───大好きな君に、私の全てをさらけ出す。

 

 

 


   中野一花、最後の直球勝負だ。

   

スタイルチェンジ #3

 

「おまたせっ!  よーし、移動しよっか!」

「おう。次はどこ行くんだ?」

「えっとね、まず駅まで行って───」


   買い物を終えた風太郎と一花はデパートを後にし、移動を開始する。すっかり一花は調子を取り戻したようで、風太郎とは違い絶好調のご様子だ。風太郎も不調というわけではないのだが、基本的に一花のペースに振り回されているため、若干の疲れが見えていた。最も風太郎はサボりに適したスポットなどわからないので文句を言える立場ではないと認識してはいるが、せめて移動先でも心臓に悪い展開が訪れないことを祈っていた。そんな思いを胸にしまいながら一花の方を見ると、格好が少し変化したことに気づく。


(……ん?  上着はしまったのか?)


   今の一花は変装用の眼鏡をかけているだけではなく、普段腰に巻いている上着がない。夏服なこともあって、露出度が増したように思う。やけに時間がかかっていたのはこのためだろうか。新鮮味を感じるが若干目のやり場に困る。

   次は一花がお気に入りのスポットを紹介してくれるというので、風太郎と一花はその場所へと移動することとなった。駅に向かい、電車に乗って何駅か移動すると、そこは人気もお店も車通りもほとんどない、まさに田舎と言うべき場所であった。

   それでも駅前にコンビニはしっかりとあるようで、一花が風太郎に誘いをかける。


「フータロー君、コンビニ寄っていい?お昼買ってこっ!お姉さんが奢っちゃうよー」

「なんだよ、俺だって給料もらえるようになったんだ。自分の分は自分で払う」

「いいの!  今日は私のわがまま、たっくさん聞いてもらってるんだから!これくらい私に、さ・せ・て♡」

「うっ……」


   風太郎の右腕に抱きつきながら、上目遣いでおねだりをしてくる一花。風太郎は早くも顔が赤くなるのを感じた。

   一花はもともと制服のボタンを少し外しており、胸の谷間が見えることは普段の学校生活でもたまにある。そんな服装で腕に抱きつかれてしまっては、風太郎が一花の方を向くと自然と彼女の胸の谷間を見下ろす形になってしまうのだ。

   しかし、腕を抱き寄せられるのは初めてではない上に、目線を反らせばさほど緊張しない。本心を悟られないように、軽くあしらう。


「わかった、わかったから離れろ。ありがたくご馳走になってやる」

「はーい。……やっぱ、露骨なのは今ひとつかな……でも、まだまだ……」

「……ん?  なんか言ったか?」

「なんでもないよー。ほら、入ろ入ろっ!」

「お、落ち着けって……」


   コンビニに入った二人は昼食、飲み物などを購入し、再び移動を開始する。民家はあっても人通りの全くない、静かな空間が続く。五分ほど歩き坂道を登ると、一花が声を上げた。


「はーい、着いたよー!」

「おおっ……!」


   風太郎の目の前に広がるのはそれなりに広い公園。以前風太郎が四葉と一緒にブランコを漕いだ場所のような一般的な公園とは違う、緑の多い自然公園といったような場所だ。

   しかし遊具も充実しており、ブランコに滑り台といったようなメジャーなものから、ロープウェイといった珍しいものまで揃っている。

   そのように子供達には人気そうな公園なのだが、風太郎と一花以外の人は見当たらない。完全に貸切状態だ。気持ちの良い快晴と春のそよ風も合わさって開放感が凄まじい。それにともない、風太郎のテンションも高くなる。

   二人は遊歩道を歩き、少し進んだ先の木陰のあるベンチに腰掛ける。少なくともここでなら心臓に悪くなるような展開が起こることはないだろう。そんな安堵感を抱きつつ、風太郎は一花に話しかけた。


「いいところだな、ここ。こんな場所今まで知らなかったぞ」

「でしょでしょ?みんなも知らない、私だけのお気に入りの場所なんだー。誰かに話したのは、フータロー君が初めてだよっ」

「……そうなのか。お前にとっての秘密基地みたいなもんか。静かで、落ち着く場所だな」

「気に入ってもらえたようでよかったよ。私、たまーにここ来てのんびりするんだ。嫌なこととかがあっても、ここでお昼寝してると忘れられるからね。ホント、気持ちよく寝れるんだよ」

「そうか。確かにお前はそういった楽しみ方の方があってるかもな。ま、せっかく来たんだし遊ぼうぜ。滑り台なかなかに長いぞ。俺が見た中だったら最長かもしれんな」

「いいよー!  一緒に行こっ!」


   ふたりは荷物をベンチに置き、一花は眼鏡も外し、滑り台へと向かう。一花もテンションが上がってきたようで、滑り台に到着するやいなや即座に階段を登り始める。風太郎も少し遅れて後に続こうとしたが───


「…………失敗した…………」

「んっ?  どうかした?」

「いや、なんでもねぇ……」


   自分のふとした呟きに一花が振り向いて反応するが、風太郎は適当に誤魔化す他ない。一花に先に階段を上らせたのが間違いだということに気づいてしまったからだ。


   角度的に、目線に気をつけないと一花のスカートの中の下着が見えてしまう恐れがある。


   普段は上着を腰に巻いているためこのようなトラブルは起こりにくくなっているのだが、なぜこのタイミングで巻いていないのか。風太郎は一人気まずい思いをしてしまう。


(わ、わざとなのか?いや、そんなまさか……)


   階段は長くはないが急なため上を向いて登りたいのだが、この状況では難しい。手すりにしっかりと手を合わせ、慎重に上る。ただ階段を上るだけだというのに、なぜこんなにも気を遣わなければならないのか。この場所でもすでに風太郎の心は乱され始めていた。しかし、これはまだ序の口でしかないことを風太郎は知らない。


   風太郎は若干の緊張を感じつつも、少し遅れて滑り台の踊り場に到着した。階段を先に登ったのは一花のため、一花が先に滑るものなのだと風太郎は考えていたがどうやら違うようで、風太郎に先を譲ってきた。


「フータロー君、お先どうぞっ」

「おっ、いいのか?じゃあ遠慮なく」


   滑り台の滑る部分はローラーになっていて、さらに高校生の風太郎でもスムーズに滑ることができそうな幅の広さがある。

   距離の長さもなかなかで、これは楽しめそうだ。少しばかりのワクワクを胸に、風太郎がいざ滑る体制に入ったところで───そのまま、停止した。

   なぜか、自分の首に後ろから手が回されているのだ。それと同時に、背中に柔らかい感触が風太郎の背中に伝わる。こんなことをするために先を譲ったのだろうか。動揺を悟られないように気をつけながら、風太郎は自身の背中に張り付いているであろう少女に声をかける。


「……おい、一花」

「どうしたの、フータロー君」

「どうしたのじゃねぇよ。おかしいだろ」

「えっ、何が?  お姉さんわかんなーい」

「とぼけるな、滑り台は二人で滑るもんじゃねぇ!  一人用だ!  離れろ!」


   風太郎が顔を後ろに向けると、きょとんと可愛らしく首を傾げている一花が至近距離で視界に映る。抱きつかれているため当然密着度は凄まじい。


(ちくしょう、こいつやっぱわざとかよ……!)


   風太郎は思わず頭を抱えそうになる。ここでなら心を乱されることはないと思っていた数分前の自分を全力で殴りたい。そもそも人が全然いないということは、誰か来るまではこの少女とずっと二人きりということだ。一花はいたずらっぽい笑みを浮かべ、風太郎に話しかける。


「ごめんね、薄着だからちょっと寒くってさ。でも、こうしてくっついてればあったかいでしょ?だから……ね?」

「俺はむしろ暑いわ!  お前が上着を着れば解決だろうが!」

「えへっ、鞄の中に置いてきちゃった。ていうか、私とのハグなんてべつに初めてじゃないんだし、そんな気にすることじゃないよ!  友達ならこれくらい普通普通!」

「だからここは欧米じゃねぇんだよ!さっきからお前の友達との距離感ガバガバすぎるだろ!  普通の友達はこんなことしないっての!」

「そっか……わかったよ。じゃあ友達っていうのは訂正するね。私の気持ち、フータロー君が理解してくれるまで何度でも言うよ」

「は?  何言って…………いや、待ってくれ。俺が悪かった、何も言わなくていいから!」


   またしても一花の表情と声のトーンは真剣なものに変わる。この180度の変化には慣れない。さらに、先ほどの壁ドン以上の至近距離。シチュエーションは違えど、再び豪速球が飛んでくると風太郎は察した。

   爆弾発言が飛び出す前に逃げようとするも、一花の抱きしめる力は強く引き剥がすことは難しい。抵抗むなしく、風太郎は一花の直球勝負を受けることになる。


「私がこんなことするの、これまでも、これからもずっと、フータロー君だけだよ。私にとって君はただの友達なんかじゃない。心からの信頼を寄せられる、とても大切な存在なの。そんなフータロー君がそばにいてくれるなら、私、どんなことだって───」

「あ゙ー!  わかった、わかったから!  もう言うなそれ以上!とっとと行くぞ!」

「!  ふふっ、やったー!  それじゃあいざ、れっつごー!……本当に、私の本心、なんだからね?」

「〜っ!」


   あまりの恥ずかしさに耐えられず、風太郎は言葉の途中で顔を背けてしまう。しかし、顔を赤くしながらも真剣な眼差しを向ける一花の姿は風太郎の脳に刻み込まれている。一花も恥ずかしさを感じていたようだが、むしろそれが良くない。これは一花の本気の想いなのだと否が応でも理解させられてしまった。

   完膚なきまでに風太郎の敗北だ。ど真ん中のストレートだとわかっていても受け止めきれない。一花の大胆かつ一直線な言葉は聞くたびに心が揺さぶられ、風太郎の胸の鼓動はなかなか収まらない。今回なんて愛の告白と何が違うのか。二乃に自分のことを知ってほしいと言われた時は顔こそ赤くなりはしたが軽く流せたというのに、この差はなんなのだろうか。

   様々な疑問を秘めつつも、結局風太郎は一花の胸の感触を背中で感じながら滑り台を滑ることとなった。周りに人がいなかったことが、少年にとって唯一の救いである。


「あー楽しかった!  フータロー君、次はどれで遊ぶの?  ブランコ一緒に乗らない?」

「だから二人用じゃねぇよ!  ブランコはやらん。遊ぶとしたら次はこれだな」


   満面の笑みを浮かべながら提案をしてくる一花。この時間を心から満喫していることは風太郎にも伝わっている。自分がターゲットというのはどうにももどかしいが、楽しんでいる一花を見ると拒絶はできない。今までの自分なら鋼の意思で容赦なく断れていたはずなのに。本当に、一花に対して甘くなっているのを風太郎は自覚してしまう。

   しかし、たかだか滑り台でこんなに緊張していては心が保たない。そんな危機感を感じた風太郎は、せめてもの抵抗に次の遊具は密着の仕様がないものにしようと考えていた。そのような意図を汲んだ結果、選んだのはこのロープウェイだ。


「あー、これねー。名前わかんないやつ。ここ何度も来てるけど、私これで遊んだことないかも」

「正式名称はロープウェイで間違いないらしいぞ」

「へー、そうなんだ!  ロープウェイって聞くと、山にあるやつイメージしちゃうよね」

「だよな。普通の公園にあるのは珍しいし、知ってる人も少ないだろう」

「納得ー。うーん、私もやってみたいけど今制服……いや、待って。これは……」

「どうかしたのか?」

「……よし、いいよ!  やろっ!」

「お、おう……」


   最初は悩んでいた表情の一花だったが、それを一瞬にして急に覚悟を決めたかのようなものに変化させた。何か企んでいる可能性も考えられるが、いかに悪知恵を働かせようがここでは二人乗りは不可能で、普通に遊ぶことしかできないだろう。

   思い通りにはさせまいと密かに対抗意識を燃やしている風太郎は、ロープウェイの中間地点へ移動し、そこにぶら下がっているロープを片手に踊り場へと向かった。そして、踊り場からロープの上部を掴んで軽く飛び移り、風太郎はロープごと加速する。


「おおっ、結構早いな……!」

「……やっぱり……」


   あっという間にロープは終点まで到着し、その反動で中間地点まで戻される。風になったような気分を味わえるこの遊具を、風太郎は無邪気に堪能していた。


「やっぱこいつは楽しいな。一花、お前もやるか?」

「……うん、オッケー!  フータロー君、私の勇姿、しっかり目に焼き付けておいてよね!」

「そんな気合い入れんでもいいだろ……」


   まるでこれから死地に赴くかのような一花の真剣な表情に、風太郎は少し呆れてしまう。なぜそんなに張り切っているのかはわからないが、風太郎は踊り場で待っている一花の元へロープを持っていく。


「ほらよ。しっかり、ロープの上の方に掴まるんだぞ」

「ありがと。……えいっ!」


   特に何事もアクションを仕掛けることもなく、一花は普通に軽くジャンプしてロープに掴まり、その勢いで加速する。


「わっ、思ったよりスピード……!」


   やはりというべきか、予想以上のスピードに一花は驚いているようだ。それを見た風太郎が、慣れてないとびっくりするよな、と呑気に少女を眺めていて───


(……ん?  待て、あいつ今スカートじゃ……)


 頭にクエスチョンマークが浮かんだ時には、すでに手遅れだった。

 

 


   加速するロープにしがみついている一花。彼女が履いている制服のスカートは、風圧に耐えきれずめくれ上がってしまった。

   結果、風太郎は一花の履いている下着を目撃することとなる。

 

 


(はあっ!?  なっ、なんで……!!)


   文字通りの絶句である。一花自身予想できないトラブルではないだろうだとか、そもそもスカートなのになぜ遊ぼうと思ったのかだとかそんなことは知らない。風太郎の頭は、ただひとつの疑問で埋め尽くされていた。


(わけわかんねぇ……どうしてあいつ、さっきのあの下着履いてんだよ!?)


   予想外の攻撃は、安心しきっていた風太郎の心に大ダメージを与える。みるみるうちに風太郎の顔は赤くなり、さらに下着を見てしまったことによる動揺で平常心を保てなくなる。

   いつも履いているであろう一般的な女性用の下着ならまだしも、一花が履いているのは今日風太郎が自分の意思で選び、魅力を伝えた下着なのだ。なぜか風太郎もとばっちりを食らったかのような恥ずかしい気分を味わってしまう。そして、風太郎の心に不安が生じる。


(ていうか待ってくれ!  これじゃ、まるで俺が一花の下着が見たくて提案したって思われるんじゃ……!)


 決意を固めたかのような一花の真面目な表情はそういうことだったのかと、風太郎は納得してしまう。これはよろしくない。すぐに訂正しなければ変態のレッテルを貼られてしまうだろう。それに応じる一花も一花なのだが、今の風太郎に冷静な判断力はない。

 もはや風太郎の脳内は一花の下着のことで埋め尽くされていた。何が私の勇姿だ。勇姿とは下着のことだったのか。そして、男としては一花の勇姿(下着)を見て、どんな反応をするのが正解なのか。見なかったことにするべきか、それとも追求するべきなのか。もう何もわからない。先ほどの目に焼き付けろという発言をそういう意味でしか捉えられないほどに混乱してしまっている。それほどに一花の勇姿(下着)は風太郎にとって強烈なインパクトであった。

   思考がまとまらないうちに一花はロープウェイを遊び終え、風太郎の元へとゆっくり歩いてきた。


「フータロー、くん……」


   風太郎は一花の震えた声を聞いて正気を取り戻した。この後の展開は容易に想像できる。正月の時のように罵倒される未来が風太郎には見えていた。


「ち、違うんだ、一花……」


   一花は俯いており、かなりの羞恥心を感じているようだ。どう声をかければいいのか風太郎が悩んでいたところ、一花は頬を染めて上目遣いで風太郎を見つめ、並の男なら惚れてしまいそうな甘い声で言葉を発した。

 

 


「こーふん……した?」

 

 


「……す、するわけねぇだろ!  アホかお前は!」

「えへへ……予想外のハプニングですごい恥ずかしかったけど……でも、フータロー君がドキドキしてくれたなら……嬉しいなっ♡」

「ぐっ……!」


   照れ臭そうにしながらも笑顔の一花。そんな彼女の捨て身の攻撃に風太郎もたじろいでしまう。未だ顔が真っ赤なあたり、恥ずかしいのは本当なのだろう。それでも、引くことなく笑みを浮かべる一花に風太郎はドキドキしてしまっている。結局、ここでもいいようにやられてしまった。悔しくはあるが、反撃する気力は風太郎には残っていない。


「いっぱい遊んだね!そろそろお昼にしよっか」

「ああ、賛成だ……もう休みてぇ……」


   ようやく心の休まるであろう時間が訪れることに風太郎は安堵した。二人は荷物を置いたベンチへ戻り、春の暖かさを感じながらコンビニで買った昼食を食べ始める。

   先ほどとは打って変わって静かな時間を過ごすことになる風太郎と一花。そよ風がとても心地よい。一花がお昼寝を楽しめるのも納得だ。安らぎを得られる憩いの場であることに間違いはなく、風太郎はこの場所を知れて良かったと思えている。いい気分なこともあって食が進み、あっという間にランチタイムは終了する。


「あーお腹いっぱい。ごちそうさまでしたー」

ごちそうさん。……しかし、本当にのどかな場所だな。人の声も車の音もなんもしないぞ」

「田舎な上に、平日の真昼間だからねー。小学校が終わる時間帯を過ぎると、近所に住んでる子供たちがいっぱい遊びにくるよ」

「そうか、静かなのはこの時間だけなのか。それは貴重だな……ふぅ」

「……フータロー君、お疲れだね。振り回しちゃってごめんね」

「今更すぎるわ。お前たちに振り回されるのはもう慣れたさ」

「あはは……ではでは、そんな優しいフータロー君にはお姉さんがご褒美をあげましょう」

「いらん。どうせロクなもんじゃないだろ」

「むっ、ホントにそんなこと言える?  感触覚えてたくらいだし、気にいると思うんだけどなー。ということで……えいっ!」

「!?」


   風太郎の体力は五つ子の中で最も体力の劣る三玖と同レベル。ゆえに、三玖より体力のある一花に力で敵わないのは当然である。

   風太郎は一花に身体を掴まれ、そのまま横に倒されて───頭をがっちりと、一花のふとももの上に固定された。


「おっ、お前……!」

「ふふっ、どう?  気持ちイイ?」

「あぁ、この感触、いい具合に懐かしい……って、違う!  そんなことは思ってねぇ!」


   乙女の柔肌の威力は凄まじく、風太郎も思わず同意しかけてしまうほどの弾力と安心感である。そのうっかりを一花が見逃すはずもなく、さらに畳み掛けてくる。


「またまたー。私のふともも、あんなに堪能してたじゃん!  今更私に、遠慮なんてしないでっ」


   幸いにも一花の頭を抑える力は強くない。一花の言葉に反論しようと、風太郎は頭の向きを変えて彼女を見上げる。しかし、そこには中野家の五つ子特有の凶器、一花のぼんっ・きゅっ・ぼんっの最初のぼんっの部分が───


(────!!)


   反論の言葉は一瞬で消し飛び、風太郎は思わず声にならない悲鳴をあげそうになる。滑り台で背中に当たっていたものがこれほどまでに大きいものだったのかということを再確認してしまう。そして、一花の胸を見上げて連想してしまうのは先ほどのロープウェイでの一花の勇姿(下着)。デパートで買った下着を着用していることが判明した以上、その特大のメロンを包み込んでいるのも同じ───ダメだ、そこから先は考えてはいけない。

   とにかく、頭をこの位置で固定されるのは精神衛生上よろしくない。そう判断した風太郎は頭を動かし、目線を変えようとするが───


「ちょっ、どうしたの、フータロー君!?  顔、すごい真っ赤だよ!?  もしかして、私が振り回しちゃったから……!」

「!?」


   一花が風太郎の頭を今までより強い力で抑えつつ、顔を覗き込もうとしてきた。痛くはないがこれでは頭を動かせない。しかもそれだけではない。仰向けで固定された風太郎の顔に特大のメロンが急接近する。少しでも頭を動かすと、鼻が触れてしまいそうだ。


(待て待て待て!  本当、何考えてんだこいつは!  自分の身体が凶器だって自覚はねえのかよ!)


   いくら女体に関心のない風太郎でもこの場面で冷静でいることはできない。らしくもなく狼狽えてしまうが、どうにか一花に手を離してもらうように言葉を投げかける。


「お、俺は問題ない!  五体満足、健康そのものだ!  だからお前、とりあえず手を───」

「動いちゃダメっ!  私、本当に心配なんだよ。……大丈夫。落ち着いて。ゆっくり休めば、すぐ良くなるから。お姉さんが、ずっとそばにいるからね」

「いやっ、ちょっ、待ってくれって……!」


   あまりにも目に毒なこの状況に風太郎はパニック状態になってしまう。わざとなのかそうでないのか判断がつかない。表情と声のトーンからすると本気で心配しているように見えるが、先ほどまでの一花の行動と彼女の女優としての演技力を考えるとシロとは言えない。しかし力で敵わないうえに確信犯かどうかもわからない以上、全国三位の学力を誇る上杉風太郎の頭脳を持ってしてもこの問題の回答は思い浮かばない。


(……もう、このままでいいか……)


   このような状態で平常心を保てるわけもなく、さらにこれまでの疲労風太郎の体力の無さもあって、すぐに抵抗する気力はなくなってしまった。

 思考を停止させて無言になった風太郎を見て一花は落ち着いたと判断したのか、顔を遠ざけた。未だ見下ろされている状態なため胸が視界に映ることに変わりはないが、先ほどよりは全然良い。これにより、風太郎の心も少しばかり平静を取り戻す。

   この際、体力の回復に務めるのも悪くはないだろうと風太郎は結論づけた。この感触を味わうのは風太郎にとって三度目である。花火大会のあの時は眠っていたというのに一花を肩車した時に覚えていたあたり、よほど一花のふとももの感触は風太郎の記憶に刻み込まれていたのだろう。

   彼女に気づかれないように風太郎が再びひっそりと一花のふとももの柔らかさに安心感を覚えていたところ、一花が話しかけてきた。


「どう?  楽になった?」

「あ、あぁ……すまなかった」

「もうっ、そんな気にしないで。これはいつも私たちのために頑張ってくれてるフータロー君へのご褒美なんだから。私でよければ、いくらでも甘えていいんだからね」

「…………」


   そう言って、一花は頭を抑えていた手を移動させ、そのまま風太郎の頭を優しく撫でた。長女としての自覚がある一花らしく、その手つきは堅物な風太郎ですらとても安心できるものだった。先程までの緊張が嘘のように和らいでいく。食後で眠気が増幅したことに加え日々の疲れも合わさって、次第に風太郎の意識は微睡んでいった。

 

 

 

 

   一花はすやすやと自分の膝の上で寝息をたてている風太郎を見て、静かに笑みを浮かべていた。自分の演技が上手くなっていることに加えて、彼の可愛い反応を見ることができて、とても楽しい時間を過ごすことができた。


(言葉は直球でも、誘惑は変化球……うん、効果アリだったね)


   今までの経験から、風太郎には露骨に誘うような言葉よりも、無自覚、天然を装った誘惑の方が効果があると一花は考えていた。無論彼には普段の自分のキャラクター的に天然かどうかは疑われていたのかもしれないが、それでもなんとか強引に押し通して上手く風太郎を誘惑できたと思っている。

   妹たちも自分と同じモノを持っているが、一番彼に上手く使えるのは私だという自信が一花にはあった。一花自身も好きな異性を墜とすために自分の身体や衣類を利用した本格的なアプローチをするのは始めてで、当然羞恥心を感じていた。 けれども、その感情をほとんど風太郎に悟らせなかったのは成長と言っていいのではないだろうか。


(でも、やっぱお姉さんじゃない私は、自分勝手だな。自分のことばっかりだ)


   しかし、一花は風太郎をここまで心身ともに疲れさせてしまったことに少なからず罪悪感もあった。ここ最近は本当に勉強漬けだったことは一花も把握しており、その反動か今日もいつもより喫茶店の前を通るのが遅かった。それなのに、今日は自分のわがままを聞いてもらってばかりなのだ。結局、彼の優しさに甘えてしまっている。

   せめてこの時間だけでも、風太郎に安らぎを与えることができたらなと一花は思っている。本音を言えば花火大会の時のように寝顔を撮影したいのだが、気持ちを抑える。間違っても、自分がきっかけで起こすようなことはしたくない。


(かわいい寝顔……これだけは、私だけが知ってるんだ……)


   一花は風太郎を独り占めできるこの時間に心から幸せを感じていた。風太郎に自覚などないだろうが、一花にとっては今日は学校をサボって行う二人だけの秘密のデートなのだ。こんなにも彼と二人でいられる時間が素敵で楽しいものだとは思わなかった。もし彼氏彼女の関係になれたら、毎日こんな思いをすることができるのだろうか。仮に恋人になれたとしてもシャイな彼にイチャイチャしたいなんて注文は難しいだろうなと思いつつも、今日という一日をくれた風太郎に感謝している。


「いつもいつも、私たちのためにありがとう……大好きだよ、フータロー君」


   溢れる想いが止められず、言葉が出てしまう。聞かれていたらどうしようという不安がよぎるが、この数時間で一花の心は成長していた。聞かれていても、それならそれで改めて気持ちを伝えるだけだ、と開き直れる強さを身につけた。

   すでに直球勝負に迷いはない。風太郎が受け止めてくれるまで、何度だって挑む覚悟ができた。自分の想いを知って欲しいという気持ちが、一花に勇気を与えている。


(この流れならいける。今日で告白まで、やってみせるんだから!  覚悟しててよね、フータロー君!)

 

スタイルチェンジ #2

 

   作戦も何もない。早起きした一花は、いつもの喫茶店でフラペチーノを味わいながら状況を整理する。まず大前提として妹たちがいる学校から風太郎を遠ざけないと、二人きりの時間は作れないのだ。

 もっと風太郎と二人きりの時間を過ごしたい。両思いになって、恋人らしいことをたくさんしたい。そのためには、一花のその気持ちを風太郎に知ってもらう必要がある。

 現状、五つ子の中で風太郎と二人きりでいる時間が最も多いのは間違いなく二乃だ。二乃は風太郎と同じバイト先で働いている以上、勉強会以外にも放課後のアルバイトで風太郎と二人きりの時間がある。一花も毎日ではないが女優の仕事があるため、彼と二人きりでいる時間を少しでも稼ぐには登校前のこの時間をうまく使うしかない。

   しかし、こうも何度も抜け出して風太郎の元に行っていることは、そろそろ妹たちに勘付かれてもおかしくはないだろう。当然といえば当然なのだが、未だに二乃の視線は鋭い。ゆえに、勝負は早い方がいいというのが一花の結論だ。今日一日で告白とまではいかなくても、好意をより知ってもらうために、勇気を振り絞って彼に直球勝負を挑む。


   風太郎を学校から遠ざけるには、やはり学校に行かないようにしてもらうしかない。前回は考えもなしに勢いで提案して失敗したが、今回は一花にも少なからず勝算がある。妨害に徹している一花だが、自分の好意を意識してもらうためにまったく何もしなかったわけではない。誕生日には風太郎の妹をうまく利用して、好感度を稼ぐことに成功したのだ。

 好意があることを知られている以上、少なからずその行動には意味があるのだと思ってくれていると信じたい。家族旅行で偶然あった時も、二乃と話す時は明らかに動揺していたのだから。


(……こわい……全然、落ち着けない……)


   大好きなフラペチーノを堪能している至福の時だというのに、心は平静ではいられない。一花の心は不安でいっぱいだった。

 もし風太郎に拒絶されてしまったら、一花は自分がどうなってしまうのか想像もつかない。林間学校の時は彼に踊るのをやめようと言われただけで泣いてしまったのだ。あの時より一花の風太郎への想いは強くなっているのだから、それ以上のダメージを受けることは間違いないであろう。


(……ダメダメ、今は目先のことだけを考えないと。……もうそろそろかな。いつも通り、いつも通り……)


   恐怖心も不安も大きくはあるが、それでも一花は戦う。誰にも、風太郎の隣は渡したくない。

   そろそろ彼が喫茶店を通過する時間だろう。飲み終えたフラペチーノを捨てて喫茶店を出る。臆病な自分を振り切って、一花は何気ない様子で話しかける。

 

 


   普段通りを装いながら勇気を振り絞ってみたが、結果的に風太郎は黙ってしまった。風太郎の心がわからない。嫌われるのは嫌だけど、私だけを見てほしいという一花のジレンマ。不安と独占欲の板挟みになり、一花の胸は苦しくなる。


(やっぱ……ダメだよね)


   悩みに悩んだ末、一花は出し抜くことを諦めることに決めた。風太郎に嫌われることはなんとしても避けたい。そんなことになったら、立ち直れる勇気はもう湧いてこないかもしれないという自信のなさからの結論だ。

   発言の撤回をして謝れば、まだ間に合うかもしれない。嘘つきの一花ではあるが、日々の活動で少しは女優として成長できている自覚はある。今度こそ彼を騙せる笑顔で───

 

 


「待てよ」


「午前中……いや、いい!  バイトもないし、今日一日お前にくれてやるさ」


「お前が人一倍努力しているのはよくわかっている。学年末試験だって一番の成績だし、模試だって良かったもんな。それだけじゃなく……俺はお前に、たくさん助けられた。教師としてだけじゃなく、その……友達として、本当に感謝している。だから今日だけ……特別だぞ」

 

 


(……やった)


   どんな心境の変化があったのか一花にはわからないが、最終的に彼はわがままを聞いてくれた。不安でいっぱいだったこともあって嬉しさが溢れ出してしまい、思わず抱きついてしまった。テンションの落ち着いた今はひとまず移動中である。

   しかし、時間が経つにつれて、一花の心中は穏やかから程遠いものとなった。ある疑問が頭から離れず、心をざわつかせている。

 

 


   ……どうして?

 


   どうして、そんなに優しいの?

 

 


   一花は答えを理解している。それは、中野一花という少女が五つ子の長女だからだ。


 一花の中で風太郎を騙しているということが、心を痛めていた。確かにかつては長女として姉らしくあると決めた。同じ血が流れている大切な末っ子の、あんな悲しい姿はもう見たくはない。今でもその決意は胸に残っている。

   だが、今の一花は違う。愛しい彼を手に入れるために妹の良心や姿すら利用し、自分だけを見てもらうために思考の限りを尽くす、客観的に見てもただの悪女のような立ち振る舞いをしている、嫌な女なのだ。風太郎はそんな一花の黒い本性を知らないからこそ、一花のことを褒めてくれたのである。そこは、絶対に履き違えてはいけない。


(奇跡的にうまくいったけど……こんな女だって知ったら、フータロー君、どう思うかな。良い顔、するわけないよね)


   一花は自分の独占欲が非常に強いことを自覚している。彼が他の子の話をしているだけで暗い気分になってしまうほどの嫉妬心を抱えており、本当に我ながら自己中心的だと思っている。

   さらに嫉妬だけに飽き足らず、妹たちの言葉を自分に都合良く解釈して、徹底的に妨害に走っている。それで結果的に姉妹の仲が悪くなったとしても、彼を手に入れるためなら致し方ないと一花は割り切れてしまう。所詮恋は戦争で、風太郎はひとりしかいない。遠慮していては自分が蹴落とされてしまうのだ。ゆえに、このやり方で戦うことに躊躇いはない。


 だけど、本当にそれでいいのだろうか。

   こんな卑怯なやり方で、風太郎は振り向いてくれるのだろうか。そもそも、彼は五つ子の仲が悪くなることを望んでいるだろうか。


   そんなの、絶対に望んでなんていない。

   思い出して。彼の目標、望み。それは───

 


   私たち五人が、揃って笑顔で卒業すること。

 


   それは、幾度となく聞いてきた彼の初志貫徹の意志といえるものだ。いくら生徒と先生の関係で満足できなくても、先生のその気持ちを蔑ろにすることは許されないと一花は思う。

   ゆえに、少女たちが仲良し五つ子でいることは絶対条件なのだ。どれだけ成績に問題がなくても仲が悪くなって笑顔がなくなってしまったら、彼は悲しんでしまうだろう。


(私はフータロー君が、ほしい……だけど、フータロー君の目標は……)


   しかし、だからといって一花は彼を独り占めしたいという気持ちを抑えることはできない。自分の欲望を正当化するのはどうかと思うけど、二乃も三玖もそう思っているのだから。この恋だけは誰にも譲れない。またしてもジレンマの発生だ。

   なら、どうすればいいのだろう。自分が彼を独り占めしつつ、全員が仲良しでいるという、一花に都合の良い世界を作るためには。


(独りよがりじゃダメ。ちゃんと、フータロー君のことも考えた上で、私が幸せになるには)


 そんなの、たったひとつしかない。風太郎に一花自身を、友達としてでも生徒としてでもなく、恋人として好きになってもらうのだ。そして、きちんと妹たち全員に二人の仲を認めさせ、彼を手にいれることを諦めさせてみせる。それが風太郎の望みを叶えつつ、自分が幸せになれる唯一のハッピーエンドだ。

   自分の恋は自分が幸せにならなければ意味がないと言う、妹の言葉を思い出す。だから遠慮はいらない。すでに宣戦布告だってしたのだ。ゆえに、一花も自分の幸せのために正々堂々戦える。

   自分を好きになってもらう何かを探すという、妹の言葉を思い出す。彼女はとても優しくて、今の性格の悪い自分とは正反対だと一花は思う。そんな自分に、彼が好きになってくれるような魅力はあるのだろうか。


(だけど、私とフータロー君だって……)


   しかし早くもひとつ、今回の直球勝負で一花は収穫を得ることができた。それは、風太郎は一花のことを信頼してくれているということだ。無論、一花だけではなく妹たちにも当てはまることなのは百も承知である。しかし、一花と風太郎には妹たちにはないある共通点がある。

   それが、一花と風太郎が同じ一番上の兄妹であるということだ。彼は恥ずかしがりながらも一花の今までの長女としての立ち振る舞いを褒めてくれた。おそらく長男として妹を大切に思う彼にも、理解できる部分があったのかも知れない。生徒と教師でもあるけれど、長女と長男でもある一花と風太郎。二人にしかわからないものが確かにあると一花は確信していた。ちゃんと長女してんな、と頭を撫でてくれた時の記憶は今でも鮮明に思い出せる。これが、上杉風太郎が見つけてくれた、中野一花の魅力なのだ。


(私が性悪なのは変わらない。だけど、フータロー君はお姉ちゃんとしての私を認めて、褒めてくれた。なら、もう間違えない!  変装なんて、言葉の変化球なんて、私には必要ない!)


   一花は今まで自分が長女としてやってきたことが少し報われた気がして、嬉しい気持ちになる。嘘をついている事実は変わらなくても、今ならまだ間に合うはずだ。彼からの信頼だけは絶対に裏切りたくない。


(だから私、もっと頑張らないとだよね)


   愛する人の為に、一花は風太郎が理想とする自分になることを決意した。彼の優しさに甘えるだけではいけない。一花自身、人として、姉としてもっと成長する必要がある。そうでなければ、妹たちは認めてくれない。

   立派な嘘つきだって褒めてくれた。だから、女優としてもっと輝いてみせる。

   仕事と勉強の両立を褒めてくれた。だから、勉強だってもっと必死でやる。姉妹で一番の成績は当然。それだけでは足りない。全国三位の彼に少しでも追いつけるように。

   本当に単純だと理解はしているが、風太郎の言葉のおかげで信頼されているという自信を持つことができたのだ。それだけで、一花が戦う理由には十分すぎた。


   隣で、学校に欠席の連絡を入れている彼を見つめる。想いが、昂る。

   風太郎がくれた今日という一日を、絶対に無駄にするわけにはいかない。積極的に、大胆に攻めていく。中野一花という少女がただの生徒でも長女でもなく「女」だということを、風太郎の身体にも心にも容赦なく刻みつけてみせる。

 

 


   少女の心は目まぐるしく回る。妹を思う長女から、愛しい彼を求める女へと。変わる心に、少女自身がついていけそうになくなる。


   でも、置いていかれるつもりは毛頭ない。変わる心についていきたい。そして、いつかは君の隣で。五等分なんて認めない。

 

 


   彼の花嫁は、私だけだ。

 

 

「ふう……緊張したな。仮病なんて高校生活で初めてだぜ」

「おつかれさまっ。私も四葉に急な仕事入ったって連絡しといたし、これで完璧だね!」


   風太郎は学校に、一花は学校と四葉に欠席の連絡を入れ終わり、ついでに変装用の眼鏡も装着し、お互いに戦闘準備万端。

   ただ、現在の時刻は午前8時25分。比較的朝早い時間ということもあって開店前のお店も多い。

   そんな事情もあり、風太郎と一花は一花の行きつけの喫茶店まで戻り、コーヒーブレイクを過ごしながら今日一日の流れを決めることにした。

    しかし店内に入ったは良いものの、風太郎は苦いものは苦手でコーヒーを飲むことができない。だが注文しないわけにもいかないので、一番安いショートサイズのコーヒーでも頼もうと考えていたところ、一花が話しかけてきた。


「フータロー君、私奢るから大丈夫だよ。そもそも、コーヒー飲めないでしょ?」

「そうだが、しかし……」

「いいのいいの、私にまかせてっ」


   そう言ってレジに向かった一花は注文をテキパキと済ませ、飲み物を持ち風太郎を連れて近くの椅子に着席する。そして、一花は買ってきた飲み物を風太郎に手渡した。


「はいっ、どーぞ」

「お、おう。だけど俺……」

「大丈夫。私の飲んでるフラペチーノはたくさん種類があって、中には甘いのもあるしフータロー君も飲めると思うの。飲めなかったら私が飲むから、気にしなくていいよ。ま、まぁ、無理強いはできないけど……」


   断ろうとしたが、風太郎は以前一花が差し入れとしてくれたコーヒーを断ってしまった経験があることを思い出した。普段はおちゃらけている一花ではあるが、心から人の嫌がることをするような人間ではないことは風太郎は理解している。風太郎が見る限り、一花が手渡したフラペチーノとやらは一面白銀の世界で、コーヒーの色など見当たらない。これなら、飲めるだろうか。


「わかった。せっかくだし、少しもらう」

「いいよいいよっ!召し上がれっ」


   意を決して、風太郎はゆっくりとフラペチーノを口にする。

   果たして、そのお味は──


「ん、意外とイケるな。ていうかこれほとんどバニラじゃねぇか。これなら俺でも飲めそうだ」

「ホントに!?  やったー!!  コーヒーの苦味が無いのを選んだ甲斐あったよ!」


   これでもかというくらいに一花は喜んでいて、キャラにそぐわないガッツポーズまでしている。周りの目も気にもならない子供のような一花のはしゃぎように、風太郎は呆れてしまう。


「そんなに嬉しがるようなことかよ……」

「もっちろん!  こんなに嬉しいことはなかなかないよ!」


   すっかり興奮しきった表情で一花は言う。まさしくその様子は目がキラキラしていると表現が当てはまる。

   しかし風太郎からすれば奢ってもらっているのに喜ばれるという意味のわからない状況になっているため、戸惑うのは当然といえる。そうこうしているうちに一花は少し落ち着いたのか、少し緊張している様子を見せてきた。そして、風太郎の顔色を伺うように控えめに提案を持ちかけてくる。


「その……フータロー君。よかったら、私のも飲んでみない?  こっちも甘いし、美味しいよ?  あと、私もフータロー君の、飲んでみたいんだけど……いい?」

「お前がいいんならもらうわ。あと、俺のも全然いいぞ。お前がくれたものなんだからな」

「ウソっ……ホントっ!?  じゃ、じゃあ、どうぞ……あと、ありがとね」


   思わずどっちなんだよとツッコミたくなるような愉快な反応をする一花。しかし飲ませたい気持ちが強いのか、白をベースにした赤混じりのマーブル模様のフラペチーノを手渡してくる。朴念仁&鈍感の風太郎の辞書に間接キスなどという言葉はなく、ごく自然に一花からフラペチーノを受け取る。

   ちなみに当然のように一花はドキドキしており、自分が口をつけたストローに風太郎が口をつける瞬間を見逃すまいと、目をギラギラさせていた。そんな恋する乙女の熱い眼差しに気づくことなく、風太郎は一花のフラペチーノを口にする。


「むっ、見たとおりこいつはストロベリーか。しかし本当に甘いな。普通に飲めるし、美味しいぞ。ほら、俺のも飲む……一花?」

「……むふふふふふ……」

「お前マジでさっきからどうしたんだよ……」

「えー?  なんでもないよー?  それじゃ私も、フータロー君がくれたの、飲んじゃおっと。……んー!  あまーい!  でも最高!…………ヤバい、たまんないんだけど。むふふっ」


   気味の悪い笑みを浮かべている一花。完全にニヤニヤを隠しきれておらず、その様子に風太郎は軽く引いている。しかしそんな風太郎の怪訝な視線もどこ吹く風といった様子で、一花は嬉しそうにつぶやいた。


「えへへ、フータロー君と好きなものを共有できちゃった。……ホント、嬉しいなぁ。飲みたかったらいつでも、なんならこれから毎朝お姉さんが奢ってあげるからね」

「毎日もいらん。気持ちだけ受け取っておく」


   完全に浮かれきっているようで、風太郎からすると少し心配になる発言が目立つ。このテンションに付き合うのは骨が折れる。どうにかクールダウンしてくれないかと思い一花の方を向くと、何か思いついた様子で風太郎に話しかけてきた。


「そういえばフータロー君、らいはちゃんにもう何かプレゼント、買ってあげたの?」

「ん……あぁ、あのギフトカードか。いや、まだだ。せっかくだし服あたりをプレゼントしようと考えているんだが、いかんせん知識もなくてな」

「なるほどー。だったら、お姉さんが一緒に選んであげよっか?」

「……いいのか?」

「うんうん!  らいはちゃん可愛いしなんでも似合うと思うけど、私でよかったらお手伝いさせてほしいな」

「助かる。ありがとな」

「どういたしまして。じゃあ程よい時間になったら、ショッピングモール向かおっか」

「おう、いいぞ」


   ひとまず午前の予定が決まったが、まだショッピングモールの専門店の開店までは時間がある。話題の引き出しが決して豊富ではない風太郎はどう時間を潰そうかと考え始めたところ、一花から予想外のお願いが飛んできた。


「フータロー君。よかったらでいいんだけど、まだお店開くまで時間あるからさ。その間国語教えてもらえないかな?」

「……どうしたいきなり。熱でもあんのか」

「ううん、そういうんじゃないよ。私、国語が一番点数低いからさ。苦手な教科も安定した点数を取れるようになれば、私も家庭教師の時間はみんなに教える側に入って、私自身の学力が上がるだけじゃなくって、フータロー君の負担が減ることにも繋がると思うの」

「確かにその通りだな。俺にとってもありがたい話だ」

「だから、そのためにっていっちゃなんだけど……一週間……ううん、二週間に一回とかで全然いい。こうして、二人っきりで勉強教えてくれない?もちろん今回みたいにサボりとかじゃなくって、放課後とか空いてる時間でいいし、その時間は私が給料出すから」

「断る理由なんざねえよ。それにお金もいらん。お前たちの父親から給料ももらえるようになったし、それに……教師として、勉強に前向きに取り組もうとしてる生徒のお願いを無下にはしないさ」

「……ありがとう。でも、無理はしないでね。私のわがままなんだし、フータロー君にだって自分の時間があるんだから」


   鈍感さに定評のある風太郎だが、確信できたことがある。一花は二人きりで自分と話がしたい、一緒にいたいと思っているからサボろうなどと言い出したのだと。そして仮病で学校を休むという行為こそ不真面目ではあれど、彼女は決して気分が乗らないから提案した、ということではないのだと。

   でなければ、学校をサボった日に好き好んで勉強を教えて、なんて言わないはずだ。一花だけに限らず、もともとは勉強嫌いの彼女たちなのである。前向きに勉強に取り組もうとする生徒の姿を見て、風太郎も嬉しくなる。

   ここまでモチベーションが上がってくれるのは風太郎としては願ったりかなったりなのだが、その理由を考えずにはいられない。やはりその背景には自分への好意があるからなのだろうか、と。

   ノートとシャーペンを取り出して、勉強を開始しようとしている少女を横目で見つめる。


(……こ、こいつはあくまで生徒兼友達だ。俺には恋愛なんてわからないし関係ない)


   学力は全国三位でも所詮恋愛は0点の風太郎。正解のわからない問題は後回しにし、意識を一花への授業へと切り替えた。

 

 


   現代文を教えて数十分。ふと風太郎はある疑問が浮かび、それを一花に問いかけてみた。


「しかしお前、古文漢文はともかく、現代文は点数高くてもおかしくなさそうなもんだけどな」

「えっ?  なんで?」

「なんでって、お前は女優だろ。台本だってすぐ覚えられるし、登場人物の心境だって台本読み込んで、頭に入れて演技してるんじゃないのか?」

「ま、まぁそうだけど……」

「俺には女優のことはよくわからんが、それでもお前の向上心の高さは知っているつもりだ。お前んとこの髭のおっさんも言ってたぞ、一花は幅広い役を演じられる女優だって」

「…………」

「だからそのうち点数は上がるだろ。前にも言ったが、お前は姉妹の中で一番器用で要領が良いんだ。俺が太鼓判を押してやる。だからもっと…………一花?」


   せっかくやる気になっているのだから、教師としてその向上心を讃え、さらに伸ばすことが大事だ。そうすることで、一花の更なるモチベーションアップにつながるだろうという風太郎の考えだったのだが、一花は眼鏡を外しペンを置いて、風太郎を見つめてきた。そして──

 

 


「もう、ホントに、優しいんだから……うんっ、嬉しいな。ありがとう……♡」

 

 


   上目遣いで風太郎に熱い視線を送る一花。ハートが映っているようにすら感じる見惚れてしまいそうなその瞳に、風太郎は心拍数が跳ね上がるのを感じた。黙っていてはからかわれると考え、目をそらしながらも慌てて言葉を発する。

 

「あ、あくまで教師……友達としてな!  生徒の成績を上げるためなら、教師として、友達として、俺にできることならやってやるさ!  さあ勉強だ!  お前に完璧に現代文を理解させてやるぞ!  覚悟しろ!」

「うん、頑張るっ!  私、絶対に先生の期待に応えてみせるね!」

「っ……!」


   満面の笑みの一花を見て、風太郎は悔しい気持ちでいっぱいになる。くどいと思われてもしかたのないレベルで義務感を主張しているというのに、なぜそんな満足気なのか。好意を抱いているのは一花の一方通行なはずなのに、なぜ自分が恥ずかしがらなければならないのか。

   このままやられっぱなしなのは気に食わない。そんな思いから風太郎は、一花の最大の弱点を狙うことにした。


「よーし、じゃあ宿題だ。映画『呪いのリプライ』での登場人物、タマコちゃんの心境の変化を50字程度でまとめてこい」

「!?  ちょっと、もー!  それは恥ずかしいからやめてー!  あれはみんなにも話してないんだからー!」


   効果は抜群だ。恥ずかしさで顔を赤くする一花を見て、風太郎はしてやったりといった笑みを浮かべた。しかし、これだけでは満足しない。ふと店内の時計を見ると、勉強を教えているうちにすでにデパートの開店時間は過ぎていたことに気づく。これは好都合だ。


「おっと、ぼちぼち時間だな。移動しようぜ」

「ええっ、もう時間なの!?  うっ、ホントだ……わかったよ……」

 

   慌てて眼鏡を装着して支度を開始する一花。落ち着きを取り戻す暇なんざ与えない。自覚はなくとも教師の心を乱した仕返しだ。逆襲に成功した風太郎は勝利の余韻に浸っていた。

   しかしそんな風太郎の考えとは裏腹に、自分の言葉のせいで一花の心のセンサーは警報を鳴らし続け、彼女の大胆さに拍車をかけるトリガーとなってしまったことを、少年はまだ知らない。

 

 

 

 

「ごめんね。おまたせー」

 


   らいはへのプレゼントを購入し終え、化粧室から戻ってきた一花を風太郎は出迎える。デパートへ移動しているうちに一花は落ち着きを取り戻したのか、到着した後も普通に世間話などをしながら二人は買い物を愉しんだ。

   移動しようと風太郎が化粧室に繋がる通路のベンチから立ち上がったところ、またしても一花からのお願いが飛んできた。


「あのね、フータロー君。私もちょっと見たいものがあるんだけど、時間いいかな?」

「ああ、構わないが……ちょっと待て。何を、見るつもりなんだ?」


   風太郎は背筋が寒くなるのを感じた。気づけば一花は先程までの友達としての柔和な表情ではなく、打って変わって妖艶さを醸し出した笑みを浮かべている。嫌な予感が止まらない。一花はゆっくり風太郎の隣に歩み寄り、耳元で囁く。

 

 

 


「し・た・ぎ♡  フータロー君に、私にどんなのが似合うのか、選んでほしいな♡」

 

 

 


   本当に毎度毎度心臓に悪い。もはやこの少女は上杉風太郎という男の心を弄ぶことを生きがいに感じているようにすら思える。声のトーンは小さいのに話す内容の破壊力があまりにも強力で、風太郎はいつもの冷静な返答ができなくなってしまう。


「な、何言ってんだお前は!  痴女か!」

「これくらい友達なら普通だよ!  私、こうやって気軽に相談できる男友達なんてフータロー君しかいないから……お願い!」

「五月といいたまに暴走するなお前ら!  友達相手でもすることじゃねぇ!  もうちょっと男を警戒しろよ!」

「フータロー君のこと信頼してるもん!」

「ぐっ……いや、その手には乗らねえぞ!  そもそもお前は人気者なんだから、俺以外にも男友達なんざいくらでもいるだろ!」

「……!」


   一花の表情が真剣なものに変わる。たった今駄々をこねていた時にしていた五つ子特有の、愛くるしさすら感じる頬を膨らませた表情とは180度違う。目まぐるしく変化する一花の表情に、風太郎は動揺を隠せない。

   そして、その隙を見逃す一花ではない。眼鏡を外して風太郎に詰め寄り、通路の壁際に追い詰めて、右手を壁に勢いよく当てた。

 

 


   一花の十八番である、壁ドンの炸裂である。

 

 


「私、他の人には決してこんなこと言わないよ。フータロー君以外の男の人なんて、そんなの絶対にありえない」

 

   その眼差しは、とても強く。


「君と一緒に、たくさんの時間を過ごして」


   少女の髪の香りを感じるほどの、至近距離で。


「いろんな困難を一緒に乗り越えて、絆と信頼を築くことができて」


   言葉からも、溢れるばかりの強さが滲み出ていて。


「そうして接していくなかで、私が姉としてでも生徒としてでもなく、ひとりの女として唯一、全てを晒け出せると確信できた男の子。それが、フータロー君。この世でただひとり、君だけなんだよ。だから───お願い」


   それらが合わさった少女のありったけの想いを、少年は真正面から受け止めることとなった。


   風太郎にとって通算三度目の壁ドンではあるが、以前までとは比べものにならない破壊力である。そもそも一花からの好意を知らなかったのだからドキドキする要素も皆無だったのだが、今はもう完全にダメだ。捕球準備もままならない状態の風太郎が受けれるはずもなかった。

   お願いの内容に対し表情と言葉は真剣そのもので、その雰囲気に風太郎は気圧されてしまう。それでいてここまで強い信頼を寄せられてしまっては、もはや風太郎に断るという選択肢はなかった。


「……わかったよ。せめて手短に済ませてくれ」

「やったー!  ありがとねっ、フータロー君!」

「っ……」


   壁から手を放し、天使のような微笑みをみせる一花。両手で拳を握りながらファイトのポーズを作っていて、嬉しさが滲み出ている。もう今までで散々見慣れた笑顔のはずなのに、なぜか直視することができない。

   風太郎は自分の心に問いかける。一体自分はどうしてしまったのか。自分への好意を知っているからといって、そんなことで甘やかすような人間ではなかった。

   ただ一つだけ確かなことは、一花のあの眩しい笑顔を見ると、何も言えなくなってしまうということだ。


「さすがに下着売り場で待ってて、なんて言わないから安心して。ベンチで座ってていいよ。私が気に入ったの選び終わったらメールするから、そしたら来てねっ」

「……ああ。さっさと行ってこい」


   手を振りながら一花が立ち去っていく。しかし、風太郎の心臓の鼓動はまだ落ち着かない。おそらく顔も耳まで真っ赤だったのだろう。二乃にもっと自分のことを知ってほしいと告げられた時と同等か、あるいはそれ以上に。愛の告白というわけではないだろうが、一花の真剣な想いはこれでもかというほどに伝わった。

   まだ今日という一日は半分も終わっていないというのに、こんな調子では午後はどうなってしまうのか。不安を感じないわけではないが、不思議と不快感はない。風太郎は顔を両手で二回叩き、気持ちを切り替える。


(今日一日はあいつのわがままを聞いてやると決めたんだ。最後まで付き合ってやるか)

 

   現在午前10時30分。おそらく普段通りであれば二限が終わろうという時間。

   斯くして、ここに第一次下着戦争の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

「じゃーん!  こちらの二点になりまーす!」


   前言撤回である。今すぐ回れ右して帰りたい。すっかりご機嫌な一花は、二週類の色違いの上下一式の下着を風太郎に提示してきた。早くも白旗を上げてこの場を離れたいと考えている風太郎のテンションとは対照的だ。


「どんなでもいいけど、ちゃんと選んだ理由を教えてね。テキトーとかなんとなくとか、そういうのはなしだよ!」

「マジかよ……」


   予想はできていたが釘を刺されてしまった。心が折れそうだが今日一日行動を共にする以上逃げるという選択肢もない。

   右手に白の下着、左手に薄いピンクの下着を持って、一花はにこやかな表情を浮かべている。いくら女性に関心のない風太郎でもさすがに下着の直視はハードルが高いため、せめて目線は合わせても顔だけは若干そらしているという、かなり苦しい状態だ。

   そんな状態ではあるが観察してみると、白の下着には黒色の蝶や花柄の刺繍がいたるところについていることに気づき、その大胆なデザインに思わず目を奪われそうになる。俗に言う勝負下着、とはこういうものなのだろうかと風太郎は感じた。

   一方でピンクの方は、縁飾りがあしらわれている程度の刺繍などのないシンプルなデザインで、白の下着と比べると控えめで大胆というよりは可愛いという印象である。どちらにしても風太郎には十分に目に毒であることに変わりない。


   明らかに正反対な印象を与える二種の下着。これらと向き合わなくてはいけない事実を前にして、風太郎は頭が痛くなるのを自覚した。

   本当に悩ましい。一花の普段の雰囲気や立ち振る舞いを考えると、確実に白の下着の方がイメージに合っている。同じ顔でも未だにお子様パンツの四葉がこの下着を着用したところで、風太郎には無理しているようにしか思わないだろう。

   しかし、だからといって安易に白を選んでいいものなのだろうか。素人の風太郎でも大胆だと感じるデザインなのだ。その後のオチは容易に想像できる。間違いなくフータロー君も男の子なんだねー、などとからかわれて、恥ずかしい思いをするに決まっている。

   かといって逃げでピンクを選んでしまうのは、自分の考えを見破られた上で選んだ、ということがバレそうな気がしてしまう。中野一花という少女は勉強こそ苦手だが、長女として振る舞う中で培われた洞察力はかなりのものだと風太郎は認識している。取り繕った答えは見抜かれてしまうだろう。


「ふっふふーん♪  フータロー君、まだかな、まだかな〜♪」

「ぐっ……!」


   ニヤニヤしながら目の前で煽ってくる一花を睨みつけてやろうかと考えたが、それでは動揺しているのがあからさまになってしまう。さらに一花の方を向こうとすると自然と下着が風太郎の視界に入ってしまうため、結局身動きが取れない状態だ。

   風太郎の頭の中は、もはやどうすれば自分へのダメージを減らしてこの局面を乗り切れるのか、ということでいっぱいだった。しかし──


(ちくしょう、正解がわからねぇ……!)


   いったいどうすればいいのか。どちらを選んでも自分の心に多大な負荷をかけることになりそうで、風太郎は頭を抱えそうになる。そんな時、ふとある言葉が風太郎の頭に思い浮かんだ。

 

 


『もっと自然に言えばいいんだよ。それでもコツはいるけどね』

 

 


   それは林間学校でのキャンプファイヤーでの準備中に教わったアドバイス。かつて五つ子との関係に悩んでいた風太郎に、一花が教えてくれたコミュニケーションの方法だ。

   一花の場合は確かそれに加えて、私にも優しくして、と言っていただろうか。それを活用できる状況かと言われると違うような気がするが、心に余裕のない風太郎は今はどんなものであれ縋りたい気分だった。

   男である以上、当然風太郎にも意地がある。女に、生徒にナメられるわけにはいかない。


(……いいだろう。やってやろうじゃねぇか!  素直に、一花に似合うやつを……!)


   覚悟を決めた風太郎の目の色が変わる。適当に答えるのではなく、優しさを考慮しつつしっかりと考え、素直に自分の言葉で下着の魅力を伝える。

   嫌だと突き放すだけなら簡単だ。しかし、あえてそうはしない。一花の魂胆はどうあれ、あれほどの真剣な想いをぶつけられて、男として逃げ出すのはどうなのか。ここらで一発、硬派な一面をみせる必要があると風太郎は判断した。

   そうして、決意を固めた風太郎が選ぶ下着は──

 

 


「白の下着だ。俺はその方がお前に似合っていると思う」

 

 


「えっ……こっち?  ふ、ふーん。フータロー君、意外とこういうのが好きなんだ。てっきり私、ピンクの方選ぶと思ってたよ。さてさて、その心は?」

   一花からすると風太郎の選択は予想外だったようで、一瞬驚いたような表情をみせる。しかしすぐに余裕を感じる挑発的な笑みへと変化した。風太郎は胸に軽く手を当てて、一息つく。俺の好みというわけではないと否定したかったのだが、ここでムキになってしまっては一花の思うツボだ。落ち着いて、素直に真正面から下着の魅力を伝えていく。

「えっとだな、白の方には黒の蝶や花柄の刺繍が入ってるだろ。せっかくお前の名前にも花の漢字が入ってるんだから、俺はその方がお前の大人な雰囲気とも合わさって、いいんじゃないかと思ったんだ」

「えっ……?」

「正直なところ、ピンクだって似合うと思う。あくまで、中野一花という女には大人なデザインのある白の下着の方がより似合うと思っただけだ。その……なんていうかだな、女優の仕事をしっかりこなしてるお前なら、似合う似合わないは関係なくて、どんな服も下着も、着こなせるような女になれると、俺、は……」


   ここまで伝えて、風太郎のメンタルは限界を迎えた。

   いざ尋常に話し始めたはいいものの、次第に学校をサボってやっていることが教え子の下着鑑定とはどういうことなのかだとか、それについて熱弁している自分はなんなのかなどといった羞恥心が湧き上がってしまい、発言は弱々しいものになっていった。そもそも最後まで一花の目を見て話すことができていたかどうかすら風太郎には自信がない。


(こんな思いするなら、言うんじゃなかった……)


   羞恥と後悔が風太郎の心を蝕む。やはりらしくないことをすべきではなかった。これは間違いなく笑われるだろうと予想し、せめてもの抵抗に思いっきり睨んでやろうかと一花の方を向くと───

 


   そこには、顔を完膚なきまでに紅潮させた一花の姿があった。耳まで完全に真っ赤である。

 


(へ……?)


   これはいったいどういうことなのか。完全にからかわれるものだと思っていたがために、風太郎も鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。

   そのまま体感にして、10分以上経過していただろうか。現実には言葉を失っていたのは1分にも満たない程度だったのだが、ここにきてようやく一花が言葉を発する。


「え、えっと……その、ありがとう……」


   動揺を隠せないのか、一花の口調がゆったりとしたものになっている。どうやら余裕がないのは一花も同じのようで、ひとまず風太郎は安堵した。


「と、とりあえず買ってくるね。時間かかるから、さっきのベンチで待ってて」

「あ、あぁ……了解した」


   互いにたどたどしい言動が最後まで変わらないまま、二人は別々に移動を開始する。

   こうして、両者引き分けという結末で第一次下着戦争はここに終結した。

 

 

 

 

   レジへ向かうと言い訳して一花は早足で風太郎の前から立ち去り、風太郎の姿の見えないところですぐに立ち止まる。こんな顔を彼には見せられない。

   胸に手を当てて軽く深呼吸し多少の落ち着きを取り戻した一花は、自分の行動と風太郎の言葉を振り返る。


   誘うような甘い言葉からの、真剣な想いを乗せた壁ドン。風太郎の反応を見る限り、確かに効果はあったと一花は認識している。

   しかし、一花からしてみればどちらの下着が選ばれるかなんてどうでもよかった。こんなにも真剣に彼を思っていること。そして、女であることを意識してもらえれば、一花には十分だった。それは壁ドンの段階ですでに達成していたと言っていいだろう。


   本当に、それだけでよかったのに。


   風太郎は一花のことを考えて真剣に向き合って、自分の答えを出してくれたのだ。その事実が一花には、なによりも嬉しかった。思い出すと口元が緩んでしまう。真面目な顔の彼の言葉を聞いて顔が赤くなるのを止められるはずもなく、精々取り繕うのが精一杯だった。

   出会った当初の風太郎の性格ならば、くだらないと吐き捨ててそのまま一花を置いて帰っていた可能性も十分に考えられただろう。今回も、一般的な高校生男子とは性格や嗜好が大きくかけ離れている彼に対して、答えるにはかなり酷な問いを投げかけた自覚がある。正直、信頼されていると思えている今でも、途中で投げ出されても仕方がないと一花は思っていた。

   いくら信頼を重ねていても、相手に素直に自分の気持ちを表現することはとても勇気がいることだ。それでも、風太郎は前向きに、自分の言葉で伝えて選んでくれた。風太郎が自分のことを信頼してくれているという事実が自信になり、一花はいくらでも大胆になれる。本当に、自分が風太郎に心底メロメロなのだと改めて思い知る。


(ありがとう、フータロー君……)


   愛しの風太郎が自分のためだけに選んでくれたこの下着は、一花にとって宝物だ。今日以降自分と彼以外の人間が触れることすら許すつもりはない。これもまた、風太郎を誘惑するのに使えるだろう、と一花はほくそ笑む。

 すでに一花の次の風太郎攻略プランは構築済みだ。徹底的に誘惑に走り、風太郎をドキドキさせてみせる。そのための準備として、レジへ向かいお会計を済ませた一花は店員に要望を伝える。

 

 


「すみません。この下着、ここで着けていきたいんですけど、大丈夫ですか?」

 

 

 

 

スタイルチェンジ #1

 修羅場。ここ最近の上杉風太郎の日常を表す言葉に、最も相応しいものである。幾度となく訪れた家庭教師継続の危機。全国十位以内の成績という条件を、風太郎は家庭教師として生徒に授業をしながら達成しなければならなかった。
 しかし、その試練を風太郎は無事に乗り越えた。生徒である中野家の五つ子全員の努力の甲斐もあって、風太郎自身も全国三位の成績という快挙を成し遂げることができた。

(……眠てぇ……)

 だが、風太郎はおぼつかない足取りで寝ぼけ眼をこすっており、コンディションが万全でないことがうかがえる。疲労が蓄積していたのだろうか、今日は少し家を出るのが遅くなってしまったようだ。
 もうすでに全国統一模試から一週間以上経過したこともあって慌ただしい日々はひと段落したのだが、風太郎が止まることはない。彼の日常は家庭教師としての仕事の放課後の勉強会だけではなく、成績を保つための毎日の自習に加え、家系を支えるケーキ屋でのアルバイトもある。娯楽や安らぎといった息抜きは、風太郎の辞書には存在しないのだ。普段より歩くペースは遅いが、遅刻が確定するほどではない。気怠くはあるが今日も一日頑張ろうと気合を入れ直したところ───

 

「あはっ、今日はいつもよりちょっと遅いね。寝坊でもした?」

 

 旭高校への通学路の途中にある喫茶店。その前を通過する時に教え子のうちの一人の声が聞こえるのは、もはや風太郎の日常の一部になりつつある。

「フータロー君、おっはー」

 風太郎に手を振りながら挨拶をしてくる、その声の主は中野一花。風太郎の仕事である家庭教師の教え子の一人である。ここ最近は、なぜかよくこの喫茶店の前のベンチで佇んでいるようだ。

「一花か。何度も何度も良く会うな。偶然にしても異常な頻度だろ」
「ううん、今日は偶然とかじゃないよ。フータロー君を待ってたんだ」
「……なんでだよ」
「ふふっ、なんでだと思う?」

 少女のどこか意味深な笑みに、風太郎は冷や汗が出てくるのを感じる。表情こそいつもの穏やかなものだが、その瞳には強い感情を秘めているように見えるのだ。一体どんな理由があって、わざわざ待ち伏せなんて───

「今日はフータロー君と一緒に、二人っきりで登校したいなーって思ったから待ってたの。それだけっ♪」
「…………」

 一花の眩しい笑顔が風太郎の目の前に広がる。親愛のこもった優しい声色なこともあって、心からそうしたいと思って話しているのが伝わった。普通に友達としての関係なら一緒の登下校は当たり前なことなのかもしれないが、いかんせん風太郎は一花に対して少しばかりの懸念を感じている。二人っきりで一緒に登校したいから待っていた。その言葉、行動は何を意味しているのか。
 思い出すのは目の前の一花の妹、三女である三玖の言葉。

 

『一花、フータローのこと好きだよ』

 

 特に前振りなどもなく、なぜ放課後の勉強会に行く途中というなんとも言えないようなタイミングで伝えてきたのかはわからないが、内容が内容なだけに風太郎の脳裏からその言葉は離れてくれない。本人の言葉でない上に三玖の今までの風太郎への接し方を見ていると確証は持てないのだが、「好き」という言葉とはほとんど無縁の人生を過ごしてきた風太郎だ。いくら鈍感さとデリカシーの無さに定評のある風太郎でも、さすがに告白してきた異性を意識しないなんてことはできない。

(……まいったな。嫌ってわけじゃねーけど、これじゃ……)

 一花は知るよしもないが、風太郎はつい先日、彼女たちとの距離感について父親から釘を刺されたばかりなのだ。いくら自分から距離を置こうとしても、向こうから来てしまってはどうしようもない。
 だが、恋愛など学業から最も離れた愚かな行為だと考える風太郎ではあったが、二乃からの告白などさまざまな出来事を経験して以前より恋愛への考えを改めていた。真っ直ぐで強く、真剣な想い。それを理解できないからといって安易に否定することはしてはいけないと、風太郎は学んだのだ。もはや五つ子との関係は利害の一致しているパートナーというだけではなく、友達といえる存在でもあるのだから。家族旅行で五月にそう告げられた時、素直に嬉しいと思えた。頼りにされてる自分に近づけていることは、風太郎の心を昂らせる。気恥ずかしいので言葉にはしないが、きっと姉妹全員、友達だと思ってくれていると風太郎は信じている。

「そうかよ。とっとと行こうぜ」
「はーい」

 これはあくまでも友達として一緒に登校するだけであって、風太郎に他意はない。こちらからアプローチをしなければ問題ないはずだ。
 少し距離を置こうとしただけで五月にはすぐ疑われたのだから、近すぎず遠すぎず適切な距離感を維持していくのが得策と結論付けて、風太郎は一花と一緒に歩き始めた。

「ん〜、すっごい快晴だね! 暖かいし、いい気分だなー」
「天気がなんであれ、やることはいつもと変わらんさ。勉強にバイト、学生の本分だ。まあ俺は今日はバイトは休みだが」
「あはは、それでこそフータロー君だね。まあ今日は私も仕事はないんだけどさ」

 他愛もない会話であるが、これもまた風太郎にとっては家庭教師を始める前とは明らかに違う日常だと感じている。今まで家族以外との人間関係をすべて断ち切ってきた風太郎だったが、五つ子との放課後の勉強会はもちろん、クラスでも学級長として五つ子窓口を担当したりと、今は周りに人がいることが多くなった。
 一人の方が楽なことが多いが、元は悪ガキで遊んでばかりだった風太郎である。戸惑いこそあれぞ抵抗を感じる程ではない。相手が相手なうえにマンツーマンということもあり若干の緊張を感じてはいるが、これくらいなら許容範囲内だ。

(まあ学校に行くだけなんだし、何事もなく終わるだろ)

 風太郎が心の中で自分を納得させる安心材料を見つけて一息つこうとしたところ、急に隣を歩いていた一花の足が止まる。

「ねぇ、フータロー君。ちょっといい?」
「……今度はなんだよ」

 先程とは打って変わって、神妙な顔持ちで一花が話しかけてくる。それに対して若干声のトーンを落として返答する風太郎。コンディション不良だというのに早くも心が乱される展開になることが予想できてしまい、風太郎のテンションは下がる一方だ。
 友達に対して失礼だとは思うが、あまり話しかけてこないで欲しいのが風太郎の正直な気持ちである。二乃に告白された後もしばらく感じていたのだが、自分に好意を抱いていると思われる少女の口からどんな爆弾発言が飛び出すのか気になってしまい、非常に落ち着かない。実際、先程も直球の好意がかなりの球威で飛んできたばかりである。こちらの心境なんぞ知るよしもないゆえに勝手なのはわかっているが、心の準備が欲しい。会話のキャッチボールで豪速球なんて不意打ち以外の何物でもない。ただただ心臓に悪影響だ。
 しかし、時間は待ってなどくれない。一花が投球動作に入る。しかしその表情はコロリと変わり、いたずらっぽい笑みを浮かべ───

「模試も終わってひと段落して、しかもこんなにいい天気なんだしさ……一緒にサボっちゃおうよ」
「却下」
「そんな、即答!? ほら、1限体育だし!」
「それなら……いやいや!体育は苦手だが、サボるのはよくないだろ!」
「もー、相変わらず真面目すぎ! お姉さんとのんびりしようよー!」

 何を話すかと思えばくだらない内容である。挙句、ぎゃあぎゃあと子供のように駄々をこねる一花。これがクラスで話題沸騰の女優だなんてとても思えない。身構えていたというのに、呆れて思わずため息がでてしまう。

(まったく、こいつは……だけど)

 足を止めて、思考する。以前もこんなやり取りがあって、その時は強引に一花を連れて登校したことは風太郎の記憶に新しい。しかし、今は少し心境が違う。

(俺と一緒に……いや、俺と二人きりでいたいから、こいつはこんなことを言うのだろうか)

 本心かどうかはわからないが、三玖の口から「好き」という言葉を聞いた以上、風太郎はどうしても一花を意識してしまう。かつて、一花に扮した三玖に告白した前田は言っていた。好きな人は独り占めしたいものだと。五つ子の中でも、一花とは他の姉妹より花火大会や林間学校で二人の時間を過ごしてきたと思いはするが、果たしてその中で一花に好かれるようなことをしただろうか。正直、風太郎にはまったく心当たりなどない。改めて、風太郎は中野一花という少女について考えてみる。

 決して勉強に対して前向きではなかったが、一花はお世辞にも愛想の良いとは言えない自分に対して、最初から友達だと思って接してくれていた。普段はマイペースで片付けが苦手だったりと雑な面も目立つ彼女だが、風太郎に妹たちとの接し方を教えてくれたり、友達としてさまざまなアドバイスをしてくれた。長女としても、部活と勉強の両立で悩む四葉を優しく包み込んだり、不器用な五月を気遣って自分に支えてあげるように頼んだりと、生まれた順番に大差はなくとも姉の自覚があることはよくわかっている。勉強が苦手でも器用で飲み込みは早く、学年末試験では女優の仕事もあるというのに姉妹の中で一番の成績を取ってみせた。そのように努力家でもあるところを、風太郎は好ましく思っている。

(五つ子の中でも、一花はあいつらと比較すると大人なんだよな。さすがは長女といったところだ。それに……)

 考えてみれば、結果を残せなくて一度辞めた風太郎に家庭教師を続けるチャンスを作ってくれたのも一花なのだ。長い時を過ごした姉妹でのたくさんの思い出があるであろうあのマンションを手放してでも、風太郎に家庭教師を続けさせるために妹たちに今のアパートで暮らすことを提案してくれた。風太郎は、これについては本当に感謝の念を抱いている。実際、三玖も一花のおかげと言っていた。妹たちも、この提案に感謝してくれているのだろう。
 しかし、だからといって住み慣れた居心地の良い家を出るなんて、相当な覚悟がなければ提案すら躊躇われるのではないだろうか。そこまで自分を信頼してくれている事実を風太郎は教師冥利に感じているが、信頼があるというだけであんな大胆な行動に出られるのかいささか疑問である。

(三玖の言葉は……だけど、一花は)

 らしくもない、ある予想が浮かんでしまう。違ったら、全教科満点を逃したのが判明した時以上の恥ずかしさを抱えることになるとわかっていても。

 

 もし、三玖の言うことが本当ならば。
 すでにあの時点では、一花は俺のことを───

 

「……フータロー君? どうしたの?」

 雑念を振り払い、風太郎は一花への評価をまとめる。この際好意を抱いているかどうかは関係ない。多少不真面目な面はあれど、妹達を思い、夢に向かって日々を戦い続け、その夢を他ならぬ自分の手で掴みかけている少女。それが風太郎の見てきた中野一花という生徒だ。その存在に、風太郎も何度か助けられた。

「……そっか。やっぱ、困らせちゃうよね。ごめんごめん、冗談だよ! 今のは忘れてっ」
「…………」

 自然と表情が固くなるのを風太郎は自覚する。一花のそれを見るのはこれで二度目だ。五つ子全員の見分けはできなくても、なぜか目の前の少女の笑顔には違いがあるとわかる。以前はそれを見て苛立ちを覚えたが今回は違う。何故だか、風太郎の心には辛い感情がひしめいていた。

(こいつは、そこまで……思えば、一花のわがままなんてかなり珍しいよな。それこそ初めて聞いたのも前のサボりの時じゃねぇのか)

 しかし、だからといって甘やかしていいものなのか。あくまで風太郎は家庭教師なのだ。それは何があっても変わらない事実。今まで姉妹のお悩み相談も、家庭教師の仕事として割り切ってこなしてきた。今回は悩みとかそういうのではなく、一花のただのわがままでしかない。ゆえに風太郎が教師として切り捨てるのは当然で、そのことについて罪悪感など感じるはずもない。だというのに、心にモヤモヤは溜まる一方である。

(そもそもこいつ、大体のことは一人でこなしてるんだよな。五つ子なのに、一人だけすでに夢を見つけてて、働いていて。勉強ができるだけの俺とは違う)

 風太郎は教師として生徒たちにしてあげたいことがある。ただ卒業させるだけではなく、五つ子たちそれぞれの夢を見つけてあげたいと考えている。だが、一花は見つけるとか決まっているとかの段階ではなく、すでに自分の力で叶えつつあるのだ。ならば、風太郎が一花のためにできることは教師として勉強を教えることだけなのだろうか。

(……それは、なんだか悔しい)

 愛だの恋だの風太郎にはわからないし、そもそも風太郎にとって一花は生徒兼友達であってそれ以上でもそれ以下でもない。無論他の姉妹にも同じことが言える。だけど。

(たくさん俺を助けてくれた一花のために、俺にしかできないことが、あるのかもしれない。だったら……)

 「今」があるきっかけを作ってくれた一花に、感謝の気持ちを示したい。
 教師としての義務感ではない。風太郎は確信している。一花が長女としていてくれなければ、今も家庭教師を続けることはできなかった。

 

(ったく、しょうがねぇやつだな)

 覚悟は決まった。本日限定で上杉風太郎は、二度目の家庭教師退任を決意した。

 

「学校行こっ! 急がないと遅刻しちゃうよ」
「待てよ、一花」
「?  どうしたの?」

 自分はこんな相手の気持ちを汲むようなことをする人間だっただろうか。そして、そのために簡単に一度決めたことを曲げるような人間だっただろうか。変わる心に、風太郎自身ついていけていないように感じている。つい先程、適切な距離感を維持していこうと決意したばかりだというのに。間違いなく教師としては最低の判断だ。

 

 だけど、教師としてではなく友達として。
 こんな俺を、必要としてくれるのなら。そして、もうひとつ。

 そんな作り笑いは、一花には似合わない。いつまでも笑顔でいてほしい。

 

「午前中……いや、いい! バイトもないし、今日一日お前にくれてやるさ」
「えっ……?」
「どうした、サボるんだろ。時間潰せる場所なんざ知らんから、全部お前任せになるぞ」
「!?……う、嘘でしょ?」
「なんだよその反応。やっぱ学校行くか?俺は全然構わんぞ、むしろその方が勉強できていいくらいだ」

 よほど意外だったのだろうか、口元を抑えて一花が驚いている。少し早いが、誕生日プレゼントのお礼のようなものでもある。無論プレゼントをくれた五つ子全員に感謝の気持ちはあるが、一花のプレゼントのおかげで妹のらいはの笑顔が見れるのだ。風太郎にとって、これほど嬉しいことはない。最初は違和感を覚えたが、これは長女として常に周りをよく見ている一花ならではのチョイスなのだろうなと、今更ながら思う。
 一人だけ贔屓というのは良くないとは思うが、今まで五つ子の長女であり続けてきた一花だ。少しくらい、わがままを叶えてやりたい。

「いやっちょっ待って待って、ホント? ……ホントに、いいの? 無理してない?」
「お前が人一倍努力しているのはよくわかっている。仕事もあったのに学年末試験だって一番の成績だったし、模試の結果もよかったもんな。それだけじゃなくて……俺はお前に、たくさん助けられた。教師としてだけじゃなく、その……友達として、本当に感謝している。だから今日だけ……特別だぞ」
「…………!」

 大輪の笑顔の花が咲く。いつぞやのアルバイト先での映画の撮影で見たような、演技だとわかっていても本物だと思わせる、嘘つきとしての笑顔とは違う。中野一花という人間の、心からの笑顔だと感じた。その笑顔を見れただけで、恥ずかしさに耐えながらも感謝の気持ちを伝えた甲斐があったと思えた。

「ありがとっ、フータロー君!」

 彼女のいきなりの抱擁に驚くも、しっかりと受け止める。皆勤賞にこだわりはないし、一日くらい授業をサボったところで風太郎の成績に大きな影響などない。そもそも昨年林間学校後に入院した時点で三年間皆勤賞の称号なんざとっくにおじゃんである。
 所詮ただの合理化だと風太郎は理解している。だが、これでリフレッシュして一花の仕事や勉強のモチベーションが上がるなら、決して悪くはないだろう。これもまた、卒業のためには必要なことだ。
 しかし、いかんせん一花はテンションが上がりすぎだ。彼女の豊満な胸が風太郎の身体に触れている。一花とのハグは初めてではないが、風太郎だって男だ。通行人の目もあるし、これはいろいろとよろしくない。

「一花、暑苦しい。離れてくれ」
「むー、相変わらずシャイなんだから……でも……うん、すごく嬉しいな。ホントに、ホントにありがとね」

 抱きついている一花を引き剥がそうとするも、風太郎は気づく。こちらを見上げる一花の瞳が、少し潤んでいることに。二人だけで一緒にいられることを、そこまで大切に、そして嬉しく思ってくれているのだろうか。
 身体の密着具合にプラスして一花の真っ直ぐな好意を受けて、風太郎はさらに顔が赤くなり、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。照れているのを悟られまいと、目をそらしながら一花に言う。

「……早く行こうぜ。こんなとこ、知り合いに見つかったら大変だ。とりあえず移動しようぜ」
「うん! 今日は一緒に、二人っきりで楽しい時間を過ごそう! フータロー君が一生忘れられないような、最高の一日にしてあげるからね♡」

 笑顔の花は満開だ。未だ咲いている桜にも負けていない。堅物な風太郎ですら何度でも見たいと思える、最高の笑顔だと思う。

(やっぱお前には笑顔が似合うぞ、一花)

 教師でもある自分が教え子と学校をサボって遊ぶだなんて、こんなことを知られたら他の教え子たちはどう思うだろうか、風太郎の中には少なからず不安もある。家庭教師失格の烙印を押されるだけならまだしも、二乃あたりは特攻してきてそのまま自分にも同じことをしろだとか言い出しそうだ。
 しかし、気分は高揚しているのも確かだ。それは今日という一日が楽しいものになると確信しているからである。

 少年と少女は歩き出す。
 少年は、悪ガキだった昔に戻ったような懐かしさとワクワクを胸に。
 少女は、愛しの彼を虜にする千載一遇のチャンスを逃すまいという強い決意を胸に。
 秘めた思いは違えど進む道は一緒。
 二人だけの時間が、幕を開ける。

スタイルチェンジ プロローグ

 

 桃色のショートヘアに、藍色の瞳。際立つスタイルの良さに加え、男なら年代問わずにその姿を一目見てしまうほどの美貌。まだ日は浅いが現役の女優でもあり、最近上映された映画では主演として活躍した、今日本中にその名を広めつつある女子高生。

 その少女の名は、中野一花。容姿端麗なだけではなく、年齢にそぐわない大人びた雰囲気と色気を持つ、今をときめくハイスペックJKである。仕事終わりの彼女は今、事務所の社長の車で送迎をしてもらっている。学校に仕事と多忙な彼女にとってこの時間は貴重な休み時間だ。

 最近放送された朝のニュースで映画の試写会に参加したのを報道され、その活躍を学校中に知られてからは、同じ学校に通う生徒でも性別関係なく別次元の存在のように思われている一花。しかし、そんな彼女もまだ17歳の女の子。年頃の少女らしく、悩みがある。

 世にも珍しい五つ子。その長女である一花は、女優として強いポテンシャルを秘めているだけではない。プライベートでも社交的で誰にでも優しく妹たちを思いやることのできる、性格が良いだけでなく姉としても完璧な美少女だった。

 だが、それはあくまで彼女の本性を知らない者が抱く印象である。今の一花は、どんな時でも妹を優先し、幸せを願うような誰もが憧れる姉の姿ではない。一花の脳内には、常にひとりの異性の存在がある。クラスメイトであり、友達兼家庭教師の上杉風太郎。一花を含む中野家の五つ子は彼と出会い時間を共有していく中で、絆と信頼を育んでいった。

 


 そんな彼のことを考えると、胸のセンサーは鳴り止まない。

 


 一花は風太郎に恋心を抱いている。高校では出会ってまだ半年を少し過ぎた程度ではあるが、彼と共に過ごした時間は一花にとって忘れられないものばかりだ。もはや風太郎がいない日常は考えられないほど、一花の中で風太郎は大きな存在と化している。


 しかし、同時に一花の悩みの中心でもあるその存在。それもそのはず、風太郎に恋をしているのは一花だけではない。妹である次女の二乃、三女の三玖も、風太郎に想いを寄せている。五つ子といっても好きな食べ物や番組など、好みは全然違うのに、好きな人だけは同じ。どうして、こんな時だけ一緒なのか。

 今までなら姉として、妹を応援するのが一花のスタンスだった。実際、一番最初に風太郎に恋をした三玖を一花は応援し、恋の成就を願っていた。風太郎への想いを自覚した後も一花は姉であろうとして、自分の気持ちを押し殺して妹の恋のサポートに徹していた。


 だが、今の一花は違う。春休みの家族旅行で四女の四葉に自分のしたいことをしてほしいと背中を押されてからは、一花は自分の恋を一番に考えるようになった。

 この時ようやく、一花の姉らしくなければならない、という五年以上抱いていた使命感は消え去った。彼女もまた、姉である以前に女なのだ。自分の恋の成就のための第一歩として、同じく風太郎を好いている三玖に変装し、一花が風太郎に好意を持っていることと、一花との恋を応援すると告白した。


 この王道とは違う変化球を駆使した戦術が、一花の恋愛スタイルである。妹たちにどう思われようが関係ない。好きな男を手に入れるためなら妹の想いも姿も利用する。たとえ妹であろうと容赦はしない。この恋だけは誰にも譲れないのだ。

 だが、そんな一般的な恋のアプローチとは違う方法で風太郎にアタックを仕掛けている一花の心に、何一つ余裕はない。

 

 

 


『好きな人と回る。あんたに拒否権はないから』

 

 

 


 全国統一模試から一週間後。放課後の勉強会を開始する前に行われた、修学旅行の話し合いの際に起こった出来事。二乃の風太郎への公開告白は、一花の頭の中でリフレインしている。

 やることなすこと、上手くいかない。妹の良心を利用して風太郎へのプレゼントを一花一人だけ送る計画も、四葉を操って風太郎と一緒に修学旅行を回るための作戦も全て失敗した。背後からの奇襲を狙う己の戦術とは正反対の、正面から正々堂々と好意を伝える二乃の直球勝負。女優として本物のように魅せる演技ができる一花でも、こればかりは難易度が高すぎる。

 


(……どうしよう)

 


 焦りが一花の心の中で渦巻く。恋愛感情を抱いているかどうかはともかく、姉妹全員の目の前で告白した二乃を風太郎が意識しているのは間違いないだろう。

 


(二乃に変装して、気の迷いだったと告げるとか……?  ダメ、ただでさえ三玖の姿で嘘をついているのに、これ以上は誤魔化しきれない……!)

 


 嘘を重ねるのはどう考えても悪手だ。何より、一花の思惑は一度二乃に見抜かれてしまっている。以降風太郎絡みで彼女の自分を見る目が鋭くなっていることに、気づかない一花ではない。お世辞にも優れているとは言えない知恵を振り絞り思考を張り巡らせるが、それでも現状打破の一手は浮かばない。

 


(三玖はまだしも、二乃まで……!  なんで、どうしてフータロー君なの……!)

 


 もはや妹ではなく恋敵と化した二乃を、一花は特に警戒している。二乃が風太郎に惚れた理由は一花からすると都合の良すぎるもので、一花はそれを聞いた時に理不尽な怒りを抱いていた。あんなに嫌っていたのに。自分の方がずっと彼のことを想っているのに、後出しジャンケンにも程がある。自分の思い描く理想のストーリーの妨げとなる二乃に、一花は自分勝手だとわかっていても不満を感じずにはいられない。

 だが、二乃は目の前の恋に対して真剣そのものだ。自分の幸せのために、正面から風太郎に好意を伝えている。三玖も、自分を好きになってもらうために努力を重ねている。一方一花は彼女たちとは正反対で、自分の言葉で戦わず妨害に走り、風太郎が自分を好きになるように仕向ける、悪女のような振る舞い。

 どちらの印象が良いかなんて明白だ。風太郎は曲がったことが大嫌いというほどではないが、かなり真面目よりな性格である。風太郎が真剣な想いに対して正面から向き合ってくれる少年であることは、一花はよく理解している。他でもない一花自身が、風太郎のその在り方に勇気付けられたのだ。

 


(真面目で優しいフータロー君が、素直な気持ちを邪険に扱うわけがない。でも、もし私が、こんな卑怯な女だと知られたら……)

 


 今までの自分の戦術に自信を失い、一花の心は沈む。ネガティヴになるに従い、一花の脳内に浮かぶ最悪のビジョン。このままでは風太郎はきっと、二乃、もしくは三玖のことを───

 

 

 

(……いやだ)

 

 

 

 自分とは違う女の隣で微笑む想い人。想像しただけで、一花の胸は張り裂けそうになる。こんなの、絶対に耐えられない。

 


(そんなの、絶対にやだっ!  だって、だって!  二乃や三玖よりも私の方がフータロー君のこと、何倍も何十倍も、大好きなんだもんっ……!)

 


 いくら年齢にそぐわない大人びた雰囲気を纏っていても、一花もまだ17歳の女子高生なのだ。大好きな人が他の女と結ばれて素直に祝福できるような大人の心を、姉でない少女は持ち合わせていない。

 血の繋がった妹であっても、これだけは絶対に負けたくない。一花にとって風太郎がどれだけ大きな存在かなんて、妹たちは誰も知らないのだから。

 


(他の人なんて考えられない!  フータロー君じゃなきゃ、私はダメなの!)

 


 風太郎が夢を後押ししてくれたから、一花は女優として羽ばたくことができたのだ。自分の夢への架け橋となってくれた風太郎と結ばれたいと思うことは、何もおかしいことではない。卑怯な手段を用いている一花だが、決していい加減な気持ちで風太郎に恋をしているわけではないのだ。

 風太郎は覚えていなくとも、運命的な再開を果たした少年と少女。姉であり続けていた一花が自分の在り方を捨ててでも妹たちに渡したくないと思えた、本気の恋。今まで姉として妹のためにずっと諦めようと思っていたのに、ようやくひとりの少女として素直になれる時がきたのだ。それなのに、こんな戦い方でいいのだろうか。

 


(このままじゃダメ、言い訳して逃げてばかりじゃ、フータロー君が取られちゃう。だったら、私だって……)

 


 今一度、一花は自分の心を見つめ直す。自分が、したいこと。そんなものは決まっている。決して女優として輝くことだけが、一花の全てではない。どこまでも貪欲に、わがままに。優しい心はそのままに、しかしその裏には強い欲を胸に秘めているのが中野一花という少女なのだ。

 全ては、風太郎の彼女になるために。彼の隣を、独占するために。

 

 

 

 


(……私だって、やってみせる)

 

 

 

 


 確かに、少女は嘘つきだ。家族である妹であろうと、姉である以上は心配はさせられないと自分の悩みなどは相談せず、欲しいものが被ったりしたら妹に譲る。それが中野一花にとっての当たり前であった。

 だが、そんな一花が、初めて寄り添いたいと思えた存在が、上杉風太郎。姉ではなく普通のわがままな恋する女の子らしく、独り占めしたい。ずっと抑えてきた、この気持ち。溢れる想いは、もう止められない。嘘まみれの一花でも、風太郎を愛する気持ちだけは嘘ではないのだから。

 


(私の姿で、私の言葉で!  フータロー君への愛を、伝えてみせる!)

 


 強固で真っ直ぐな想いが、一花の心の炎を燃え上がらせる。直球勝負は無理だなんて、やる前から諦めていては恋愛戦争は勝ち残れない。

 妹たちが一花の知らないところで風太郎と絆を深めていようと、姉妹の中で自分が一番風太郎と信頼を積み重ねていることができているという自信が一花にはある。いかに妹たちが各々風太郎と秘密の時間を過ごしていたとしても、一花と二人だけの思い出もある。誰が相手でも、この気持ちだけは絶対に否定させない。

 所詮は二乃の真似事で、彼女に文句を言える立場ではない。結局は後出しジャンケンだ。だが、そんなのは一花の知ったことではない。変化球に頼り続けた一花ではあるが、決してマイナスからのスタートというわけではないのだ。

 


(三玖の姿ではあるけれど、私だって告白した。直接ではないけれど、フータロー君が私からの好意を認識しているのは事実。この状況を、活かさない手はない!)

 


 すでに三玖の姿での告白という、変化球の効果はある。意識させることができているのは二乃だけではなく、一花も同じなのだ。変装した三玖の言葉を聞いてからの一花本人からのアプローチというのは、至って自然な流れである。カウントはすでに整えている。あとは、風太郎のハートに愛を込めた全力ストレートを投じるだけだ。

 今まで特別気になる異性のいなかった一花に、男へのアプローチなどの経験はない。ゆえに、緊張も不安も壮大なものがある。でも、もうそんな甘えたことは言ってられない。風太郎に好きになってもらいたい。自分の気持ちを知ってほしい。わがままな一花の恋は、まだまだこれからなのだ。

 


『上手くいけば儲けもの。何事も……挑戦だ』

 


 思い出すのは、一花が風太郎への想いを自覚したの日の風太郎の言葉。夢のために学校を辞めるかもしれないと告げた時も、風太郎は一花の夢を否定することなく、応援してくれた。

 一花と風太郎だけの、冬も間近の夜だというのに暖かかったあの時間。思い出すだけで、一花の心に勇気が湧いてくる。ベールを脱ぎ捨てるタイミングは、ここしかない。

 


(成功するかはわからない。でも、フータロー君は絶対に私の気持ちと向き合ってくれる!  まだ信頼を重ねてなかったあの時でも、フータロー君は私を認めてくれたんだから……!)

 


 少女と少年が初めて心を通わせた、花火大会のあの日。自信のなさゆえに仕事から逃げ出した一花に、風太郎は正面から向き合い、背中を押してくれた。それだけではなく、一花をパートナーとして認め、自分の家庭の事情を打ち明けてくれた。

 これもまた、ひとつのオーディションである。自分を魅せる姿が審査員から風太郎に変わった、ただそれだけのことだ。

 


(恥ずかしいからって逃げ出して妨害に徹するのは、もう終わり)

 


 人間はモチベーションに突き動かされる生き物だ。そして、危機感もまた、モチベーションを高める動機のひとつである。妹に風太郎を取られたくないという危機感は、一花の心を奮い立たせるには十分であった。それほどに、一花の風太郎を想う気持ちは強い。

 


「一花ちゃん、着いたよ。ゆっくり休んでね」

「ありがとうございます。お疲れ様でした、社長」

 


 決意を新たにしたところで、車が家の近所に到着する。車から下車し、笑顔でお礼を言う一花。しかし、その笑顔の裏では風太郎への強い想いをひしめかせており、今にも溢れ出ようとしていた。

 いてもたってもいられない。全員公平とはいえど早い者勝ちなのだ。ならば、抜け駆け上等、先手必勝。準備なんて必要ない。一花は早速、翌日に勝負を仕掛けることを決意した。

 

 

 

 


(誰にも、負けるつもりなんてない!  絶対に、他の子にフータロー君は渡さない!  私の言葉で、フータロー君に想いを伝えてみせるんだ!)

 

 

 

 


 長女の本気は、ここから始まる。

 

さいごに

 

一応、これからアップする作品についての補足です。

 

pixiv様に投稿した時より、若干訂正部分や加筆修正した部分があります。特にプロローグは大幅にやっちゃってます。前のが短すぎて説得力薄いんだよなぁ……。

あと、そこそこに分割してます。


そして、この妄想でもやってることはもはや原作と変わらない気さえしてしまいます。好きな子のためだけの物語ですからね。今では自信がもてません。

 

 

 


原作が大正義な以上、もはや矛盾ばかりになってしまいましたが。

 


それでも、自分ときっと気持ちが同じであろう、一花お姉さん推しの方がこの作品を読んでくれたら。

 


そして、少しでもこの作品を読むのに時間を使ってよかったって思ってくれたら、嬉しいです!


時系列は原作10巻78話と79話の間となります。

 

 

 

なにかありましたらコメントなりメールなりくださいね。

 

あと、pixiv時代にコメントをくださった方、本当にありがとうございました。お世辞かもしれませんが、とある方の一花推しの人は読んでほしいってコメントはホントに忘れられません!

他にも心が暖かくなるコメントをいただけて、励みになりました。なかなか返せなくてごめんなさい!

 

 

それでは、こんな馬鹿なオタクの自分語りを見てくださって、ありがとうございました!

 

 

 

自分の妄想と作品について

 

なんかここでの一花お姉さんの呼び方に悩みますね。普段はずっと一花お姉さんなんですけど、ここだといちいちお姉さんつけなくていい感じあります。

どうにも安定していませんがお許しください。

 


ただただ、一花ちゃんに幸せになってほしい。そんな想いだけで書き始めたものですが、見返してもホントひどいものです。

 

 

 

 


処女作だから拘りたい、と趣味で小説を書いていた友人に添削を頼むも、まず他の文においての、三人称と一人称の区別がついてなかったり。ホントなんでカッコつけて三人称で書いたんだろう(今もまったく自信ない)

 


そもそも自分が五つ子ちゃんを笑えないレベルの馬鹿で、明らかに不自然な場面があったり。(2話全般)

 


2話までは風太郎サイドと一花ちゃんサイドで一人称の書き方と三人称の書き方を分けていたり。(これはこういう書き方をしているラノベ作家様もいると後に知りましたが)

 

 

 

もう、ホントに見ていて恥ずかしくなるやらかしばかりでした。

 


でも、それでも完結はさせようと。こんな素人の駄作でも、楽しみって言ってくれたひとがいるから。

 


ごめんなさい、嘘です。

待っている人がいるというよりは、自分のために。

 

 

 

他の一花推しの方どうこうではなく、自分が書きたいものを。ただ、一花お姉さんの幸せのために。

 

 

 

でも、自分のわがままを貫くからこそ、一花ちゃんが好きな人に納得してもらえるものだととも思ってもらいたくって。

 

 

 

慎重に、慎重に。だけど時には大胆に。

 


中野一花、上杉風太郎というキャラとして崩壊しすぎていないか、でもこれくらいならセーフかそうでないかだとか。発言や行動、他の文で説得力を持たせられるか。矛盾がないか、などと何度も何度も確認して、友人にも添削してもらって。

 

 

 

ゆえに、投稿に毎回時間がかかっちゃいました。

とりあえず、毎回長いのは反省ですね。どの話も、もう2分割はできます。

 


でも、なんだかんだ友人のペケが作品が進むにつれて減っていったのは嬉しかったです。

 

 

 

 


そんなこんなで、11月中旬にようやく完結。やりきった感はありますが、本編では五月ちゃんが正妻っぷりを発揮しているという、すげーなんともいえないタイミングです。

半年かかったという現実から目を背けたいですね。

 

 

 

ちなみに原作の方は心から楽しめたかというと、もう修学旅行以降は心から楽しめませんでした。

 

 

 

特に、91話で風太郎からプールの誘いを受けて他の姉妹が一喜一憂するなか、ひとり辛そうな一花ちゃんの笑顔とか。

 

 

 

95話の分枝の時は読んでて嬉しかったけど、正直こうでも書いておけば一花推しは満足なんだろ、みたいな裏を勝手に感じていたりしちゃってて、これはもう正しく作品を愛せてないな、と感じるばかりでした。やはりにわかということですかね。

 


だって、いくらなんでもあんな雑な浄化はありえないですからね。納得できた方はいるかもしれませんが、自分は読んでて、なんだこれってなりましたから。花嫁発覚する前からSWは茶番でしかないな、と思ってました。

 


五等分の花嫁、いうひとつのコンテンツの、中野一花というキャラクターがどうなっていくのか、という一点だけで、作品を追い続けていました。

 

 

 

 


そうして、そのまま。

 

 

 

 


どうせ無理だろうなと思いつつも、風太郎が一花ちゃんにドキドキする描写やショックを受けているところなどにちょっぴり期待を寄せつつも、結局選ばれたのは別の女の子。

 

 

 

 


残念という気持ちばかりが、心に残りました。

 

 

 

 


正直、この作品の内容に言いたいことは山ほどあります。結末ではありません。内容と過程です。選ばれた女の子がどうこうではありません。

 


負け惜しみ、やつあたりと解釈されても仕方がありませんが、キャラクターの言葉の説得力のなさやヒロインの嘘、行動と言動の辻褄の合わなさなど、とても納得できるものではありません。正直に言って、おそらくもう単行本も買わないでしょう。

 


推しが負けたから買わないとか、もうファンとして失格です。確実に、もうこの作品を愛せていません。なまじここまでハマってしまったがゆえ、今後も別のラブコメを買うことに臆病になってしまうレベルです。

 

 

 

 

 

 

 


だけど、それでも。自分はたしかに、この作品が大好きでした。

 

 

 

 

 


そして、中野一花という女の子が、大好きでした。これだけは絶対に変わりません。

 


五等分の花嫁という作品を追い続けたことに、後悔はないです。

 

 

 

今は前を向いているので、落ち込んでいる、なんてことはないですね。

 


ちゃんとやることをやって、この作品にケジメをつけていきたいです。

 


では勝手ながら、自分の妄想を少し説明して、終わりにしたいと思います。

 

 

 

 

 

 

春馬ねぎ様、おつかれさまでした。終了まであと少し、頑張ってください。

 


そして、どうかゆっくりお休みになってください。